赤穂山鹿素行研究会だより 第一号

像

先生自警(書き下し)出典‥広瀬豊氏刊 山鹿素行全集
  吾れ子弟に於て、薄く誨(おし)えて功を待ち、
  身厚からずして破れを責むること重し。
  身正しからずして彼れの正しからん事を欲す、
  子弟の化せざるは身の責め薄ければなり。


素行先生自警(意訳)
  師である自分の教え方を省みず、理解不足は子弟の努力に期待する、
  子弟が理解できないのは師の指導力不足であり責任である。
  師の人格が正しくもないのに子弟に正しい生きかたを望む、
  子弟が良い人にならないのは師である自分の努力不足である。

常に自分にきびしくあれ

(箱書書き下し)
これ素行先生像なり。弘化・嘉永の歳 藩士片山勘道所画し松浦狷介子
之を蔵す。 去年、乃木将軍・東郷元帥主張し素行会始まる時、狷介子これを
携え来て言う。 余に曰く。願わくば将軍の讃を得たし。将軍自分で予め見て、
この求めに、 山鹿語類二十一巻附録所載の自警の語を以って讃辞に代える。
即ち是なり。 蓋し、将軍師道の蘊奥を示す乎。余、他日之を見て疑う者のある
ことを恐れ その由云を記すなり。
                   明治四十二年仲春  伯爵 源(松浦)厚 識



感想
  山鹿素行先生を兵学者と見る人が多いが、山鹿素行全集十五巻を広瀬豊氏が昭和十五年
に発行したのは兵学編ではなく、思想編である。素行先生をよく知る人は素行先生は思想家
として評価するのです。
  素行会が発足時、初代会長乃木将軍が素行像の賛に書いた文が素行先生の自警の言葉
である事で、当時素行会が何を目指していたかが推察できます。


  この軸は、赤穂市歴史博物館蔵です。
                 平成二十二年 五月三日 赤穂山鹿素行研究会 宮本一成記



研究会 趣意書 研究会 会則「赤穂義士と山鹿素行」全国フォーラム
全国フォーラムのプログラム 全国フォーラムの記念講演全国フォーラムの発言要旨
研究会報告謫居童問勉強会 『赤穂義士と山鹿素行』発刊
屋山氏 素行を引用 機関誌『至道』 佐方会長の講演のCD
素行銅像の案内板 『山鹿素行のはなし』刊行 『山鹿素行の士道論』発刊
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