山鹿素行先生の銅像の案内板が
    赤穂駅前にできました

山鹿素行先生は、わが国の精神史を語る上で欠かすことのできない人物です。先生は、 江戸時代初期に、戦の無くなった時代における武士のあり方として、農工商を正しく導く立場に立ち、 道徳を重んじるべきことを説かれました。すなわち、武士は聖人の道を学び、高潔な人格者となり、 仁政を施さなければならないとされたのです。先生が説かれたこの新しい武士道は、士道と呼ばれています。 この教えが、現代における公務員についてもあてはまるものであることは言うまでもありません。

先生は、赤穂浅野家に10年間仕えられ、その後、官学である朱子学を批判したかどで流されて、8年間を 赤穂で過ごされました。この期間を通して先生は後の義士の精神を育てたと言われています。先生はまた、 吉田松陰、乃木希典などをはじめとする多くの信奉者を得て、後の日本に大きな影響を与えました。

このように、先生は赤穂との関わりが深く、赤穂は、全国唯一、山鹿素行先生の銅像のある街です。 しかし、残念ながら、赤穂でさえ、素行先生は良く知られているというわけではありません。そこで、 赤穂山鹿素行研究会では、赤穂が義士の街であるだけでなく、素行先生の街でもあることを、赤穂市民にも 観光などで赤穂を訪れた人にも知ってもらい、もっと関心を持ってもらうために、素行先生のお名前を 書いた解説プレートのようなものを街の中の目立つ場所に置いてほしいと市役所に要望しておりました。 (『至道』創刊号48ページ参照)

幸いにも、この度、県の「西播磨歴史再発見プロジェクト」の予算援助を受けて、駅前に写真のような 案内板が建てられました。これには、銅像への行き方のほか、素行先生の説明や「赤穂山鹿素行研究会」 の名前も載っています。

        赤穂駅前に建った素行銅像の案内板        案内板に書かれた素行先生の紹介と銅像への行き方
(平成24年4月20日  櫛田孝司)