西野川-紅(くれない)の蜉蝣

初めてこのニンフを見たのは何処の川だったのかもう記憶に無い。でも、シャーレの中で動くその美しい深紅の色に暫く目が釘付けになったままだった。 赤という色は強く魚に訴えかける色だ。何故その色が効くのは判らないが、ルアーにしろ、フライにしろ赤色を使った物が必ずある。 かの沢田さんが作ったスペントバッジャーなるフライがある。それはボディにロードアイランドレッドのストークを使い、 ハックルのバッジャーのオフホワイトとのコントラストが大変美しいそのフライを、 当時のフライマン達はこぞってそれを使った。そして、魚をかけた後に必ずこう云うのだ。 「やっぱり、この赤が効くんだよね~!」そう、赤という色は魚以外に人間をも釣ってしまう魔力がある。

その後、マッチ・ザ・ハッチの釣りが本格的にフライマンに浸透しだし、 「やれ何々の虫だ、この虫のイマージャーは何某・・・」と細かく虫の形態に目がいく様になると、色に関してもそれに似せた微妙な配色が好まれるようになっていった。 無論、私もその世界にハマって、やたら細かい部分にまで拘り、いつしかマッチ・ザ・ハッチの世界には赤色は存在しないものだと思い込んでいたのだ。

そこに件の真っ赤なニンフを見てしまったのだ。地味で微妙な配色しかない私のフライボックスの中にはありえないその色に当然驚き、 そして凄く感動してしまった。緑色の補色を知ってるかのように真っ赤なニンフは、新緑がまぶしい初夏の川の中で小さな存在を見せびらかすように蠢いていた。 それを見てから私はフライボックスの片隅にまた赤い色のドライフライをそっと忍ばせる様になった。

月日が流れ、各地にキャッチ&リリース区間が設置され脚光を浴びだし、私の大好きな川の西野川にもキャッチ&リリース区間が設けられたのだ。 早速、どんな風になってるのか確かめに五月晴れのある日、西野川のC&R区間を訪れた。

お祭り広場から川に降りると、まだ少し雪代が残って増水しているものの、五月の陽光が川面に反射してキラキラ輝き生命感が川中に溢れている。 #14のドライフライを結んで釣り上がると直ぐに岩魚が反応してくれた。取り込むと大和岩魚だ。 この区間の目的に放流されたものだろうが、西野川の本流で大和岩魚を釣ったのは初めてだった。 その後も良型のアマゴや岩魚がドライフライに飛び出し、遥か昔のいい頃の西野川を思い出させてくれた。

気分よく午前の釣りを終え、お昼から少し上流の区間に入ると茶系のカゲロウが風に舞っているのが目に付いた。 見上げると、新緑の山を背に茶色いカゲロウ達がヒラヒラ飛んでいる。 その光景を見て、ふと昔の赤いニンフの事を思い出し、フライボックスの片隅で静かに眠っていた赤いパラシュートを取り出しティペットに結んでみた。 そう季節も同じ新緑の頃、ひょっとして例の赤い奴はこのカゲロウではないかと思ったのだ。

対岸の瀬にいい流れを見つけ、赤いパラシュートを流れと流れの間の緩流帯に乗せてみた。ユックリとフライが動き始めた時、下から茶色い背中が現れフライを捉え沈んでいった。 竿を立てた瞬間流れに乗って竿を絞り込む。ようやく寄せると居付きの綺麗な岩魚だった。 お腹の中を確かめようかと思ったが今は好機の時間帯と感じ、直ぐに次のポイントにフライを投じるとまた良型の綺麗な岩魚が躍り出た。 次々に現れるポイントから良型の岩魚が赤いパラシュートに飛び出し、やはりあのカゲロウが今ハッチしているのだと確信した。

やがて大きなプールが現れ、その流れ込みの辺りに大きな波紋が広がっていた。波紋の大きさから見て尺はあるだろう。ライズを消さないように慎重に近づき様子を見てみる。 暫くすると同じ所でまた波紋が出来た。ティペットを確認して波紋の50cm上に赤いパラシュートを浮かべ、 フライが流れていくのを見ていると「ゴボッ」という音と共にフライが消えた。竿をグイッと後方に引くと竿が弓なりに曲がったまま。

すぐに魚が走り出し深みへ逃げようとする。竿はさらに曲がりラインがキューンと引き出される。なんとか突進をかわし流れの緩い場所へ誘導しようとすると、ゴツゴツとローリングし竿先が大きく揺れる。 ようやく水面近くに魚が出たと思ったらドスンドスンと水面で暴れだす。手に負えない暴れっぷりだ。 暫くして大人しくなったのを確認し、浅場に誘導してネットに入れると体高のある見事なタナビラ。居付きの魚がカゲロウに誘われて出てきたのだろう。

この魚を釣ってやっと一段落した気持ちになり、本当にあの赤いカゲロウかどうか確かめたくなった。ストマックポンプで少しだけお腹の中のものを採らせてもらいシャーレに移すと、 そこには昔見たあの真っ赤なニンフと赤茶色のダンが沢山溢れていた。

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