穀物庫の扉
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ロールプレイについての考察 Page.01

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[[[ 目次 ]]]

[1] はじめに

[2] ロールプレイ

[2.1] ゲーム(Game)
[2.2] 意志決定(Decision Making)
[2.3] 資源管理(Resources Managing) とゲームトークン(Game Token)
[2.4] ロールプレイ(Role-Play)
[2.4.1] ロールプレイとは
[2.4.2] ロールプレイの分類
[2.5] 目標(Goal)
[2.5.1] 資源管理と目標
[2.5.2] ロールプレイと目標

[3] キャラクターのロールプレイ

[3.1] 定義
[3.2] 意志決定の評価
[3.3] 手順と留意点
[3.4] 消極的機能と積極的機能

[4] スタイルと課題

[4.1] コンピュータ・ロールプレイング・スタイル
[4.2] 誇張表現スタイル (オーバーアクティング・スタイル)
[4.3] 課題達成追求スタイル (ベーシック・ロールプレイング・スタイル)
[4.4] 演技追求スタイル (アドバンスト・ロールプレイング・スタイル)
[4.5] ストーリーを求めるスタイル (ストイック・ロールプレイング・スタイル)
[4.6] 物語を求めるスタイル
[4.6.1] 「自分の都合」で操作することを否定するスタイル (リアル・ロールプレイング・スタイル)
[4.6.2] 登場人物を「操作する」ことを否定するスタイル (メタ・ロールプレイング・スタイル)

[5] 最後に



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ロールプレイについての考察


 A game is a form of art in which participants, termed players, make decisions in order to manage resources through game tokens in the pursuit of a goal.(*1)
(ゲームとは、芸術の一形態であり、プレーヤーと呼ばれる参加者が目標達成を目指して、ゲームトークンを介して資源管理のため意志決定するものである)
――Greg Costikyan



[1] はじめに ▲

 テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームでは、セッション中にPCの性格や個性をきちんと表現することが重視されることがあります。また、一般に、利害関係の対立したNPCやPCの説得に始まり、プレイヤー同士の意見交換にあたっても、全てPCとしての規範に基づいた適切な行動を検討することが推奨されます。ロールプレイ、あるいはキャラクターのロールプレイと呼ばれることもあるこれらの手法は、一体何のために行われるのでしょうか。そこではいかなる方法論が採用され、また、そのような方法論を採用することにより、いかなる目標を得ることができるのでしょう。これらについて、以下検討してみたいと思います。


 この文章は、Greg Costikyan氏の“I have no words & I must design”と、馬場秀和氏のマスターリング講座およびRPGコラム、さらに氷川霧霞(ラウール)氏の小論である「意志決定について」に目を通していることを前提としています。以下のURLを参考にしてこれらの資料にはなるべく目を通してください。

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“I have no words & I must design”
http://www.costik.com/nowords.html

「言葉ではなく,デザインのみが,ゲームを語ってくれる」
※“I have no words & I must design”の日本語版
http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/design_j.html
馬場秀和氏の『馬場秀和ライブラリ』より、その他のRPG関連ドキュメント、<コスティキャンのゲーム論>参照。

馬場秀和氏の『馬場秀和ライブラリ』
http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/

「馬場秀和のマスターリング講座」
http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/master.html

「馬場秀和のRPGコラム」
http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/bbcolumn.html

「意志決定について」
氷川霧霞氏の『氷川TRPG研究室』より『RPG研究室』参照。
http://www.trpg-labo.com/
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 この論考は、某ロールプレイング・ゲーム研究会の公式メーリングリストで連載(2002年2月1日から3月1日まで)した文章をまとめたものです。元々は、アートコンプレックスS氏の“A STATEMENT FOR THE ACTUALITY OF ROLE-PLAY”という作品に着想を得たものでした。この作品において、過去に発表した私の見解を取り上げ、ロールプレイにおける各種の基礎概念や議論と結びつけて示してくれた氏に感謝し、この文章を捧げます。

 なお、私のTRPG経験は1996年で終わっています。この考察は、その当時の経験則の具体化であり、現在の状況に対応するものではありません。特に、私自身にシーン制RPGの経験がないため、これを検討の対象に含めることができなかったことは残念に思います。



[2] ロールプレイ ▲

 PCの性格や個性を表現すること、PCとしての規範に基づいた適切な行動を検討すること、一般にロールプレイと呼ばれるこの手法について、その意義や方法論を想起したとき、そこに統一的な見解は必ずしも得られていないようです。ここではまず、テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームというゲームにおいてロールプレイがいかなる意義を有しているのかを明らかにし、その後に方法論の検討を行いたいと思います。


[2.1] ゲーム(Game) ▲

 テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームは、その字義通り解釈するならばゲームの一種です。しかしそもそもゲームとは何でしょうか。諸説あることは予想されますが、ここではコスティキャン氏の定義を取り上げたいと思います。氏は“I have no words & I must design”のなかで、ゲームの定義について以下の様に記しています。

 A game is a form of art in which participants, termed players, make decisions in order to manage resources through game tokens in the pursuit of a goal.(*1)
(ゲームとは、芸術の一形態であり、プレーヤーと呼ばれる参加者が目標達成を目指して、ゲームトークンを介して資源管理のため意志決定するものである)

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(*1) “I have no words & I must design”(1994年に英国のRPG雑誌 “Interactive Fantasy”に掲載)からの抜粋。
 訳文は日本語版「言葉ではなく,デザインのみが,ゲームを語ってくれる」(コスティキャンのゲーム論)から引用した。
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 これによれば、“Game”(ゲーム)とは、“Decision Making”(意志決定)を行うための“Form”(枠組み)のことであり、“Decision Making”(意志決定)とは、“the pursuit of a Goal”(目標の追求)の過程において“Game Tokens”(ゲームトークン)を通じて“Resources Managing”(資源管理)を行うためになされるある種の決断であると解釈できます。

 それぞれの用語の基本的な意味については、NIFTY-Serve ロールプレイングゲーム・メインフォーラム(FRPGM) の有志によって、1995年10月から11月にかけて作成された日本語版、「言葉ではなく,デザインのみが,ゲームを語ってくれる」にてご確認ください。以下では、これらの概念をもう少しだけ掘り下げて検討していくことで、ロールプレイの意義というものについて明らかにしていきたいと思います。


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(*2) 意思決定と意志決定の相違については下記を参照ください。

「外へ向かう言葉(後編)」(馬場秀和氏)
http://www.scoopsrpg.com/contents/baba/baba_apr00.html
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[2.2] 意志決定(Decision Making) ▲

 私たちはゲームにおいて「意志決定」を行います。氏の定義によれば、そもそも「ゲーム」とは、プレイヤーに「資源管理」という注文を突きつけ、その遂行のために「意志決定」を強要する仕掛けなのです。では、「意志決定」とは何を意味するのでしょうか。

 意志決定の意味については、既に氷川霧霞氏がその作品「意志決定について」において詳述されているのでそちらをご覧ください。簡単に述べればそれは、「葛藤」「結果に対する責任」「アカウンタビリティ」の3点に集約されます。この3点が備わったとき、そこに「意志決定」が成立します。決断をなす(成す・為す)こと、それ自体をプレイヤーが自らの目的とする仕組みがそこに現れるのです。

 「葛藤」「結果に対する責任」「アカウンタビリティ」それぞれの説明については、馬場秀和氏によるコラム「外へ向かう言葉(後編)」において簡潔にまとめられておりますので、そちらもご覧ください。以下は私なりにまとめたものです。

<意志決定の成立条件>
1.葛藤
 複数の選択肢が存在し、どれが最適解かを確定することができないにもかかわらず、選択を行わなくてはならない状態が存在すること。
2.結果に対する責任
 選択と決断の結果が有為な差を生むこと。またその差についての責任が自分にあると思わしめる状況が存在すること。
3.アカウンタビリティ
 複数の選択肢についてある程度の情報が与えられており、選択と決断の過程において理由や根拠を構築しうる状態にあること。


 したがってゲームについての先の定義を補足すると、「ゲーム」とは「意志決定」を行うための“Form”であり、それはすなわち「資源管理」という注文をプレイヤーに突きつけることにより、「葛藤」「結果に対する責任」「アカウンタビリティ」を生じさせ、決断をなすことそれ自体を目的とする状態を成立せしめるための仕掛けであるということになります。


 結論を先取りすると、私は、テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームという「ゲーム」においては、ロールプレイこそが、この「意志決定」を成立せしめるための仕掛け(Form)そのものであると考えています。そのように考える理由はこれから説明しますが、この論考ではそれをロールプレイの本来的な意義とし、そこから出発して、あるべき方法論とその方法論から生じるロールプレイのスタイルについて検討していきたいと思います。


 テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームとは、ロールプレイによって「意志決定」を成立せしめるゲームである。このことを説明するために、以下のパラグラフでは、これまでの記述ではまだ明らかになっていない「資源管理」という概念をとりあげます。「資源管理」の強制によって「葛藤」「結果に対する責任」「アカウンタビリティ」を生じさせるとはどういうことなのか、そしてテーブルトーク・ロールプレイング・ゲームにおいて、「資源管理」とロールプレイはどのような関係にあるのかを具体的に検討します。



[2.3] 資源管理(Resources Managing) とゲームトークン(Game Token) ▲

 ゲームとは、“to manage resources through game tokens in the pursuit of a goal”(目標追求の過程においてゲームトークンを通じた資源管理を行う)ことでプレイヤーに意志決定の機会を与える仕掛けです。では、テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームにおいて、「目標追求の過程におけるゲームトークンを通じた資源管理」とはそもそもどのような仕掛けとなっているのでしょうか。


 私はここで、ゲームトークンという概念についての理解が重要であると考えます。少し本題から外れますが、以下ではこの点を中心に検討してみます。

 例えば将棋の駒はゲームトークンです。ここでは「飛車」を考えてみましょう。確かに、飛車という文字の彫り込まれた木製の駒は将棋というゲームにおいてプレイヤーが資源管理を行うためのゲームトークンのひとつです。では、飛車と書かれた紙を盤面に置いた場合はどうでしょう。囲碁の黒石を飛車だと言って盤面に置いた場合はどうでしょう。盤面を用いずに頭の中だけで将棋をするとき、ゲームトークンは一体何でしょうか。

 将棋というゲームにおいて、「飛車」を想起するとき、それは一般に「駒の動かし方」と呼ばれるルールのかたまりとして現れます。「飛車という文字の彫り込まれた木製の駒」はそのルールに対するプレイヤーの意識の焦点としての記号にすぎません。実際のゲームにおいては、プレイヤーはこの「飛車」が象徴するルールに従い、盤上で(あるいは脳内で)駒を動かして資源管理を行います。「飛車」ではなくその他の駒であったとしても、やはりその駒の象徴するルールに従っているはずです。したがって、「ゲームトークンを通じた資源管理」とは、「ゲームトークンに象徴されるルールに従って資源を管理する」ことを意味します。さらに言えば、「ゲームトークンに象徴されるルール以外の方法による資源管理は許されない」ということでもあるのです。

 しかしこのことは一方で、ゲームトークンの象徴するルールの範囲内であれば、プレイヤーは自由に資源を管理することができることを意味します(*3)。したがって、この面に着目すれば、「ゲームトークンを通じた資源管理」とは「プレイヤーはゲームトークンに象徴されるルールの範囲内で資源を操作してもよい」という決まりごとになります。この意味でゲームトークンが示す積極的な働き、つまり資源を操作する際のルールのうち目標の追求において特に有効なものを「ゲームトークンの機能」と呼ぶことにします。


 将棋において、プレイヤーは一定の条件において前後左右に動くという機能、相手の駒を自分のものにするという機能、「成り」によって移動方法を拡張するという機能をそれぞれ象徴する「飛車」というゲームトークンについて、その機能(ルール)の範囲内において盤面上でとりうべき位置を検討し、盤面上の諸条件をその機能(ルール)にあてはめて最適解を考慮し、さらに他のゲームトークンについても同様の検討をおこない、しかし必ずしも最適解を解明できないなかで、ある特定のゲームトークンを動かします。それにより諸条件は変動し、プレイヤーの掲げる勝利という目標に、すなわち勝利と呼びうる諸条件の総体(詰みの形)に近づいた「かも」しれません。これが将棋というゲームにおける、「目標追求の過程におけるゲームトークンを通じた資源管理」です。このとき、「ゲームトークンを動かす」こと、すなわちゲームトークンの操作は、資源管理における意志決定そのものでもあります。


 ここで、将棋という特定のゲームを離れて一般化するならば、「目標追求の過程におけるゲームトークンを通じた資源管理」とは、目標として定められた諸条件の総体としてプレイヤーに要請されるあるべき形を目指すべく、現在ある諸条件(資源)について、条件の変更についてプレイヤーに課せられた一定のルール(ゲームトークン)に従いながら、これを維持改変することと具体化できると思います。そしてその過程において、最適解を算出しえないことにより「葛藤」が成立し、目標すなわち義務の提示によってゲームトークンの機能を用いた諸条件の変更についての「責任」(結果に対する責任)が成立し、諸条件が全てプレイヤーに提示され、ゲームトークンの操作法(資源管理の方法)も定まっており、決断の結果を条件変動として再現するルールも定まっていることから「アカウンタビリティ」が成立するのです。


 本題に戻ります。ゲームトークンはゲームにおける資源管理のルールを象徴する。この結論を前提に、ではテーブルトーク・ロールプレイング・ゲームにおけるゲームトークンとは何なのかを以下考えてみたいと思います。そしてそこから、テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームにおいて、「目標追求の過程におけるゲームトークンを通じた資源管理」とはそもそもどのような仕掛けとなっているのか、という問いに対する答えを出したいと思います。


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(*3) ゲームトークンの象徴するルールは、処理手順としてのルールとは異なる。前者は可能性を提示するものであり、後者は選択された可能性のひとつを具体化し共有化するものである。
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[2.4] ロールプレイ(Role-Play) ▲

[2.4.1] ロールプレイとは ▲

 テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームにおいて、「目標追求の過程におけるゲームトークンを通じた資源管理」とはそもそもどのような仕掛けとなっているのでしょうか。まずゲームトークンの意義についてもう一度確認してみます。

 「ゲームトークン」とは、目標に向けた諸条件の管理において、プレイヤーと呼ばれる参加者が遵守すべきルールであり、同時にプレイヤーに許された唯一の手段です。テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームにおいても、それが「ゲーム」である以上、プレイヤーは目標に向けたあらゆる諸条件の維持改変において、ゲームトークンの象徴する「ルール」に従わなくてはなりません。また同時に、その「機能」以外を用いた手段を利用することは許されません。それは、「ゲーム」としてのテーブルトークRPGの前提条件なのです。

 プレイヤーはゲームトークンの象徴するルールによってのみ諸条件の改変が許されます。ということは、ゲームトークンの象徴するルールでは扱いきれない諸条件については、そもそも管理の対象とすることができません。そして、管理の対象とならないということは、ゲームの目標を構成する要素としてそのような諸条件を用いることは許されないということなのです。

 ここで幸いにも、ありとあらゆる諸条件を取り扱うことができ、しかも都合のよいことに単一の象徴においてプレイヤーがそのような概念を把握することを可能とするルールの集合体が存在しました。この、ありとあらゆる諸条件を取り扱うことのできるルールの集合体の象徴、それは「人間」です。ある人間を想定し、「できること」「できないこと」を機能として定め、資源管理にあたってはその制約に従う。そうすれば、機能の定め方によっては、資源管理の対象をいくらでも拡大することができます。

 架空の人間が象徴するルールを、同じく人間であるプレイヤーが資源管理における制約として採用する。それは、最も広範な捉え方をすれば、ある人間の「ありかた」を想定しそれに従うということです。「ありかた」とはまた抽象的な表現で申し訳ないのですが、この言葉の中身については後で具体的に検討したいと思います。


 ここで「ゲーム」としての前提条件に戻るのですが、ゲームトークン以外の方法による条件操作は認められていません(*4)。プレイヤー本人が従っているルール(ありかた)をゲームに持ち込むことは許されないのです。したがってプレイヤーは、条件操作において自身の従う「ありかた」を意識から取り除き、そのゲームにおいて選び取った他者の(架空の)「ありかた」(Role)に従うことになります。わたしは、これが本来の意味での「ロールプレイ(Role-Play)」だと考えます。そしてこのような仕掛けにより多彩な「意志決定」の機会をプレイヤーに提供することを可能としたゲームのことを、「ロールプレイング・ゲーム」と呼ぶのだと思います。


 蛇足となりますがここで、「人間」がルールを超越した存在、すなわち一切の制約に服さない自由な存在の象徴であると考えるのは間違っています。現実世界に生きる人間は、自分の人生やあるいは自分自身すら本当には自由にできない存在です。目標と管理すべき諸条件を突きつけられたとき、人間の取り得る言動は決して無制限なものではありません。その人間に期待されている役割の認識、職業・人種・文化といったことに由来する社会的制約、さらには目的意識、規範意識、自己認識などによって構成されるその人物の性格や個性などにより一定の限界がそこに生じます。そして、そもそもそのような限界があるからこそ、「人間」の象徴するルールは、「ゲーム」における資源管理の制約として機能しうるのです。なんでもできるスーパーマンはゲームトークンとしては不適ですし、なんでもできると思うこと自体がロールプレイの遂行には不向きなのです。


 「ロールプレイ」とは、プレイヤーがゲームにおいて諸条件(資源)を管理するために選びとった「ありかた(ロール)」に従い、実際に目標達成に向けた資源管理を行うことです。そして「ロールプレイ」の遂行とは、テーブルトークRPGというゲームにおける「意志決定」の遂行そのものなのです。

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(*4) そのプレイヤー自身の「ありかた」をゲームトークンとすれば話は別だが、残念ながらそのような場合、「ありかた」をゲーム中に適切に再構築することができないためにゲームの進行に支障をきたす場合が多い。これについては、後述のキャラクターのロールプレイの処理手順を参照。また、「ありかた」自体が詳細に過ぎて、取り得る言動という形で考慮すべき選択肢の幅がほとんどないことも問題である。
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[2.4.2] ロールプレイの分類 ▲

 私は、諸条件を管理する際にプレイヤーが従うべきルール、つまり「ありかた」(Role)について、大きく3つに分けようと思います。(1)その人間が所属するミニマムな集団において自らに期待される役割として感じる制約、(2)職業・人種・文化など客観的要因に由来するかくあるべしというモラルとしての社会的な要請、そして、(3)目的意識、規範意識、自己認識など主観的要因に由来する限界、そのそれぞれの「ありかた」の遂行を「役割分担のロールプレイ」「社会的ロールプレイ」「キャラクターのロールプレイ」と名付けようと思います(*5)

 蛇足ではありますが、「配役(Role)を演じる(Play)」という言葉は、ここでは「演技」を意味しません。資源管理のためのゲームトークンが、プレイヤーはかくあるべし(役)という形で提示され、実際にかくあるべく操作する(役を務める=演じる)という意味だと考えてください。


(1) 役割分担のロールプレイ

:ゲームマスターの提示する障害を克服し目標を追求する過程において、プレイヤーキャラクターの所属する小集団においてゲームシステムの解釈から導かれたそのプレイヤーキャラクターに期待される役割に従い資源管理を行うこと。

 ゲームトークンに数値データを設定して能力を限定することで、ゲームトークン相互の比較により諸条件の操作を目標達成に向けた有利不利の観点から管理するというボードゲームなどに見られる従来の方法を拡張したものです。単一のメタプレイヤーの存在しないテーブルトークRPGにおいては、複数プレイヤーの協力による同時勝利の達成という大目標を導入し、さらにゲームトークンであるPCについてクラスやスキルなどを用いてシステム的な機能分散を計った上で、目標達成に向けたトークン(機能)の選択管理と操作を各プレイヤーの判断に委ねています。各プレイヤーはシステムによる機能分散を理解し、同時勝利の追求に最善となるべく判断を行い、必ずしも明らかではないが同一目標の追求に向けた集合体(パーティ)の一員として自身のPCに割り振られるべき役(役割)を理解し遂行することが他の参加者によって期待されます。

 この役割分担のロールプレイの遂行にあたっては、トークンの選択管理についての判断が各プレイヤーに分散されていることで最適解が存在せず(単一プレイヤーによる判断の場合はダイスによるゆらぎが必須となるがここでは不要)「葛藤」が生じます。また、目標追求はパーティの一員としてプレイヤーに課せられた義務であり、その裏返しとして「結果に対する責任」が成立します。さらに、明文化されたルールシステムの読み込みと解釈により「アカウンタビリティ」も成立します。したがって、役割分担のロールプレイによって、「意志決定」の機会は十分にプレイヤーに提供されることになります。

 初期のテーブルトークRPGは、主にこの意味でのロールプレイの遂行(意志決定)をゲームの主眼としていました。これらのテーブルトークRPGを、第一世代RPG、またはシステムゲームRPGと呼ぶこともあるようです。


(2) 社会的ロールプレイ

:プレイヤーキャラクターの属する職業、組織、集団、あるいは社会階層、文化圏などの諸条件によりそのPCにとって相応しいとされるありかたに従い資源管理を行うこと。

 現実世界で社会的な関係の構築維持のために普遍的に行われているロールプレイをゲーム世界にも導入したものです。役割分担のロールプレイが目標達成に向けた要請であったのに対して、人間関係に内在する集団化階級化による摩擦回避の要請とその遂行を主眼とします。ゲームシステムの一部として背景世界を提供することにより、意志決定においてこれらを取り扱うことができるようになりました。

 ゲーム世界における資源管理に社会的ルールを持ちこむことで、世界幻想がよりリアルなものとなります。それはすなわち、そこにおける意志決定の重さ、プレイヤーによる資源管理の結果に対する責任がより強くなることを意味します。また、参加者全員に「ありかた」が開示されていることから、そのプレイヤーのみならず、他の参加者による「アカウンタビリティ」の検証が可能です。そこにおいては、目標の達成に向けた全ての「意志決定」において、意志決定能力自体の優劣を問うことが可能です。また、「葛藤」については、資源管理において、社会的要請と「目標」からくる要請が背反する場合、あるいは社会的要請と個人的な「ありかた」の要請が背反する場合などに主に生じます。背景世界がよほど吟味されて構築されている場合を除き、「社会的ロールプレイ」それだけで「意志決定」を成立せしめるのは困難ですが、他のロールプレイと併用した場合に、その提供する「意志決定」の機会は大変に魅力的なものとなり得ます。

 この意味でのロールプレイの遂行(意志決定)をゲームの主眼とするテーブルトークRPGを、第ニ世代RPG、または背景世界RPGと呼ぶこともあるようです。


(3) キャラクターのロールプレイ

:プレイヤーキャラクターのものとして想定される目的意識、規範意識、自己認識などに従い、資源管理を行うこと。

 プレイヤーは、性格、個性、背景などのプレイヤーキャラクターの特徴(キャラクター)から、プレイヤー自身が資源管理にあたって従うべき「ありかた」(ロール)を構築しなくてはなりません。そして自ら構築したその「ロール」に従い、資源管理を行います。

 このロールはほとんどあらゆる諸条件の取り扱いを可能としますが、プレイヤー自身が設定することからその制約の遵守を「義務」として感得し得ない場合が多く、「葛藤」を欠く傾向にあります。また、プレイヤーの構築したロール自体が漠然としたものであることが多く、そのままでは「アカウンタビリティ」を十分に行うことができません。しかし、諸条件を操作する際に従うべき「ありかた」を自ら設定していることから、「結果に対する責任」の感得には莫大な効果があります。

 第ニ世代までのRPGにおいては、このキャラクターのロールプレイの遂行はプレイヤーグループの暗黙の了解に任されてきました。そのため、各々のプレイヤーグループは自ら「キャラクターのロールプレイ」の展開方法としてあるべき姿を模索しなくてはなりませんでした。現在では、この意味でのロールプレイのシステム化を行い、ゲームとしての主眼に据えたRPGが存在します。これを第三世代RPG、またはキャラクターRPGと呼ぶこともあるようです。


 キャラクターのロールプレイについては長らくシステム的なアプローチが存在しませんでした。そのため、キャラクターのロールプレイという概念やその方法論自体について各プレイヤーグループで見解の相違が生じ、グループ間の交流に支障が生じていました。そしてその障害は今も存在していると私は考えます。

 先の話になりますが、パラグラフ[3]以下では、私が所属していたテーブルトーク・ロールプレイングゲーム研究会において、1991年から1992年にかけて試行錯誤の末に構築されたキャラクターのロールプレイの概念と方法論(と私が考えているもの)について説明します。その後は、1996年頃までではありますが、方法論を展開していく過程で現れた様々なプレイスタイルについて簡単に紹介したいと思います。


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(*5) ロールプレイの分類については「馬場秀和のマスターリング講座」 第1章 システム選択 <1.2 役割分担>も参照のこと。この分類は氏の分類に着想を得たものである。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/chapter1.html
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[2.5] 目標(Goal) ▲

[2.5.1] 資源管理と目標 ▲

 ロールプレイとは、プレイヤーがゲームにおいて諸条件(資源)を管理するために選びとった「ありかた」に従い、実際に目標達成に向けた資源管理を行うことです。このとき、「目標」とは何を意味するのでしょうか。プレイヤーは一体何を目指して資源管理を行えばよいのでしょうか。
 

 私は、以下の4点を挙げたいと思います。

(1) キャラクター・パーティの目標の追求。

 キャラクターがパーティを構成する理由となった目標の達成を目指すことです。役割分担のロールプレイにおけるゲームの勝利条件でもあります。プレイヤーは、資源管理においてこの目標を掲げることにより、パーティ維持の要請を受け入れることになります。シナリオプロットによっては必ずしも必須の目標ではありません。その場合、(3)の目標が重視されます。
 

(2) キャラクターの個人的な動機の追求。

 プレイヤーは、キャラクターの「ありかた」(ロール)を構成する際に、キャラクター自身の個人的な動機を織り込むことにより、資源管理の場における目標を自ら掲げることができます。必須の目標ではありませんが、「葛藤」が生じやすくなり、意志決定の機会が増えます。


(3) シナリオプロットの追求

 ゲームマスターが用意したシナリオプロットを理解し遂行するという目標です。プロットの遂行を全く考慮しない資源管理は否定されるべきですが、絶対に達成するべき目標というわけでもありません。これは、他の目標についても同様です。


(4) ゲームシステムの要請する目標の追求。

 「クトゥルフの呼び声」や「パラノイア」などが代表的ですが、「恐慌状態」や「裏切り」など、ゲームシステム自体が推奨する資源管理の方向性を尊重することです。


 テーブルトークRPGにおいては、ロールプレイの遂行にあたりこれらの目標を全て考慮する必要があります。プレイヤーは、「ゲームトークン」であるプレイヤーキャラクターを操作し「資源管理」を行う過程で、「ロール」に従い、さらにこれらの目標をバランスよく追求することを念頭に「意志決定」を行わなくてはなりません(*6)


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(*6) テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームにおける「目標」の多層構造については、「馬場秀和のマスターリング講座」 第2章 シナリオ作成 <2.2 ゲーム要素の明確化(ステップ2)>より、<2.2.3 目標>を参照。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/chapter2.html
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[2.5.2] ロールプレイと目標 ▲

 ただし、テーブルトークRPGのセッションにおいて、その時間の全てが「資源管理」に向けられているわけではありません。キャラクターとしての「ふるまいかた」の提示に代表されるロールプレイによる課題処理(資源操作)の場面とは別に、プレイヤー発言に代表されるゲーム外における様々な調整がそこではなされています。例えば、キャラクター・パーティが、そのキャラクターたちの把握している諸条件では判断しきれない方針の決定を行う場合に、シナリオプロットの遂行という観点から、あるいは面白そうな状況に直面できそうという観点などから、プレイヤーとしてパーティの行動方針を話し合う場合などです。

 これは、ロールプレイと矛盾するものではありません。そもそも、ロールプレイとは「目標に向けた資源管理」においてプレイヤーが従うべき制約なのであり、「資源管理」以外の局面においてプレイヤーの意志を制約するものではありません。それは、「与えられた資源を操作する方法」についての制約なのであって、「どのような資源を管理するべきか」についての決定権をプレイヤーから取り上げるものではないのです(もちろんこの意味の決定についての第一位の優先権はゲームマスターにあります)。同一プロットを用いたセッションでも、参加するプレイヤーによって異なった印象を持ち得るのは、この意味での「いかに魅力的な資源管理の場を構築し得るか」という大目標に対するプレイヤーの意識と技量の差があるからです。

 現在のテーブルトークRPGでは、そのロールプレイの遂行にあたって、従来の「与えられた資源を管理する」という「ゲーム(意志決定)」の遂行から、「いかに魅力的な資源管理の場を構築し得るか」という「ゲーム(意志決定)」あるいは「アート(意志決定の表現による交流)」にその重点が移っているようです。これについては後に取り上げたいと思います。

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ロールプレイについての考察
Copyright (c) 2002,2004 俵ねずみ

初出:2002年2月1日 ロールプレイング・ゲーム研究会公式メーリングリスト (3月1日連載終了)
Web掲載:2002年11月25日
最終更新:2004年11月12日