2003年2月26日 公開

工 匠 訓

大工たる者五意達者で、昼夜怠ることなく、地割と古人の作りおかるる所の好悪を分別しなければならぬ
『匠明』現代語訳

― 私 見 ―
木造社寺建築というものは棟梁によって寿命が決まるといっても過言ではないでしょう。
木造社寺建築技術の場合、技術は技能の延長に身につくものと確信しております。
頭で考えるその前に体を動かす、目で見、手で触れ、木を担ぎ、木に墨をつけ、切り、刻み、取り付ける
そういった中で木を知り柔構造を理解し技術的思考が生れてくるものと思っています。過去のデータなり
先人の経験による知識、失敗と不具合を克服して成り立っている今日の社寺柔構造論を机上で習得した
ところで真の技術者とはいえません。棟梁というものはそのどちらをも習得し一人前となっていくのです。
ですから社寺を造営するとなれば、やはり棟梁なり工匠にはこだわっていただきたい。
泥中に生じつも泥に染まらず成長する匠、そういった匠が花咲く世界が存在することを願って止みません。
”棟梁の 壱に求むるものなるを 何かと問わば 心と答ゆる”
大工になりたくて大工になり、やがて棟梁となった時、自分が手をかけた堂宮が人に感動してもらえる事
が無上の喜びと思えるようになる、天の匠とはそんな匠ではないでしょうか。そんな匠に私はなりたい。


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