|
全集・森有正全集(筑摩書房)
集成・エッセイ集成(ちくま文庫)
製作・ヨナ書房(進行中)
あ行
愛
それは相手に対する何の顧慮も打算もなしに、僕の中に、愛の一つの原型が出来てしまったことを意味する。それはもう彼女ではなく僕だけの原型なのだ。しかし、これは僕に不幸をもたらすとともに、僕に自分自身に対する誇りをあたえてくれた。そういう女と同時に海の遥か向うを見ていた自分を想い出す。どこまでも遥かに行って決して止らないこと、そして愛の親密の中に自分を完全に打ちこむこと、こういう物騒な形が僕の中に出来ていたのだ。(全集1・75) 肉体は成長し、成熟し、老衰して死んでゆく。ただ一回だけ。だから本当の愛も唯一つしかない。それにすべてを注ぎ尽くすことのできた人は幸福である。唯一つと言ったが、本当の人生を生きる人間にとって、愛は一つ以上あってはかえって余計で、愛そのものを破壊してしまうのだ。しかしその唯一つはどうしてもなければ、その人の全人生は他に何があっても「無意味」なのだ。その代りそれ一つがあれば、他に何もなくても全部的に充実しているのだ。(1・88) 魂の深さの差が、愛のすがたが一つであるに限らずあるいは正にその故に、徹底的に露われる。しかしこの深さの度合は、本当は思考の深さの度合の基準にならなければならないものである。何となればそれは、本質的には純粋さの度合だからである。自分を超えるものがそこにある、というのとある意味で同じことだからである。(集成2・147→思考) 真の愛とは一人の男あるいは一人の女をその自我から引きはなす、そういう愛である。そして他の者の意志がそれにとってかわるのである。愛の行為とは相手をその自我から引きはなし、それを吸収することである。つまり、相手にとってかわるのである。相手は己れから決定的に引き離されてしまうのである。究極の行為はだから暴力である。しかしそれは、同意し同意された暴力だ。僕は何も、肉体に基づく行為のことを言っているのではない。ただ愛のもつ意義について語っているのである。(14・10) 愛はそのもの自体としては存在しない。しかし、だからといって、愛が存在する凡てのものよりも強いことに変りはない。死についても同じ事が言える。死は存在しない。が、それが我々の存在にとって本質的であることに変りはない。愛することと死ぬること、この生の二面が、恐るべきある瞬間に合体する。愛は死を鎮め、また、死がなければ愛には何の意味もない。〜僕が死のみを待つとするなら、それは愛しか待たないということだ。(14・306)
意志
同時にまた、僕はアランのことを考える。あの恐るべきアランとその意志のことを。ジードの場合もアランの場合も、驚くべきことには、本性と意志とが苛烈に手加減なく付き合わされて、その結果、融合を成し遂げているのである。持続と忍耐。自分だけに属する世界の形成。完全に隠し切ることだけが、それを救うであろう。(集成3・353) それはただ感覚の迷妄として片づけてしまうことができるであろうか。デカルトははっきりと片づけた。それは彼が、完全に自己を、未終了の感覚の印象に向って、注意深く対立させることができたことを示している。それが意志ということである。(1・410) 意志はいつも最後に来る。というのは意志とは、経験の中から、事物が固有の秩序を示し始めることと対応して、同じことの他の面として、自己の中に形成されるのだからである。内面の中に、外界と等質の世界が拓け始め、意志はそれを尊重することを内容とするものだからである。本当の意志は自我を中心とすることの正反対である。(2・282 集成2・302)
こうして少しずつ一つの意志が刻み出されて行く。確かに、真実の意志は、死の瞬間に現われる。それが魂ということではないか。永生ということではないか。(2・351)
本質と実存とを、意志の次元において相対的にとらえることが出来るだろうか。(13・171) この夢の中にのびて行く意志こそは、言葉の生命そのものだ。そして、この意志とは、愛する者たちの面影だ。(13・188) 肝要なのは、経験における意志の重要性を明確にすることだ。意志、それは、経験の体系における折り返し点であり、それによって経験が一つの思想としての資格を得るのである。(13・434)
意識
自己とその周囲との接触関係そのものは原初的であり、意識以前であり、換言すれば、意識はその接触が明確になってくる道程である。明確になって来る、というのは、意識の対象として、明確になってくるというのではなく、意識そのものにおいて、もっと精密に言うと、意識という作用においてその原初的接触が能動化する、ということを意味する。
(4・113)
祈る
いつの間にか僕は一人になっていた。粗い厚いコンクリートの壁を前にして僕は祈ろうとした。それより外には金輪際することがなかった。しかし何を祈るのか、祈ることは一つしかなかった。しかし、もう余りに遅すぎるのではないかと同時に思った。だが遅すぎるというのは本当の理由ではなかった。祈ることを欲しない意志がこの最後の瀬戸際にまだ生々としていたからだ。「もう遅い」「いや今からでも」、僕はそう繰りかえした。(全集4・179 集成4・195)
疑い
疑いの精神というのは、人間経験が内面的に完結しているものであると考えるのと全く同じことなのです。人間経験が内面的に完結している、だからそれをすべての判断の基礎にしなければならないということと、物を疑うということは同じなのです。(古いものと新しいもの・217)
促し
呼び声は向うからは来なかった。それはかれの中から来た。しかもそれは呼ぶ声ではなく追い出す声であった。僕はそれを内面の促しと呼ぼうと思う。それは夢と呼ぶには余りに的確で執拗な何ものかである。しかし、それを承知の上ならば、それを夢と呼んでもよい。(集成2・214) 促しという事がすでに経験の結晶、あるいは、その時点における経験そのものなのである。過去の全経験が促しという形で働く。(3・44)
運命
自分に、自分のみに責任をとるということは、自分の内奥を形成していてしかも自分を超えている運命にたどり着くことだ。そこには何という深い本当の弁証法が働いていることだろう。(1・317) 我々を促し立て、導く運命は何か。恐らく誰も知らないでしょう。しかし、ある日ある時、私どもはその運命にバッタリ出会うことがあるのです。それはどこか、道傍かもしれないし、海辺かもしれない。しかしそれがやって来ると、我々はそれの名をきく必要はない、それは我々自身だからです。我々を生れる前から知っているもの、我々自身よりもっと我々に近いもの、それが突然我々の前に出て来る。我々はそれが現れる時それこそ自分の運命だと判るのです。〜アブラハムはイサクに中に運命の呪いを見ていたと思うのです。彼はやっと与えられたこの子が、やっと与えられたが故に、また取り上げられることを予感していたのではないでしょうか。それが本当に彼の前に現れた時、凡ゆる人間感情は大波のように引いてしまって、運命の岩の磯だけがそこに露れたのです。創世記の何ごとにも驚かない記事は、そういう感じを与えます。人間感情なぞもつ余裕はないのです。もしそれを疑う人は、凡ての人を待ち受けている死のことを考えてみるとよいと思います。(森有正記念論文集・436) 自己の運命に忠実であるとは、自分がそこから解放されるべきものを決して忘れない事であり、自己の無知と軽薄と欠陥とをいつも目の前に置くことである。そこから自由の本当の意味が出てくる。(1・343) 意識された神は、意識された社会と同様、何の解決にもならないであろう。運命とはこのことにほかならない。そこから出発するとは、どういう意味であろうか。それは一面において、運命に従うという意味をもっている。運命の底に向い、また逆にそこから上昇して来るのである。これ以外に道がないのは確かである。運命は自分自身なのだから。(集成2・96) いわゆる運命ということ自体は錯覚であるとしても、その錯覚がどうして絶えずかくも力強く生れるかを深く考えてみなければならない。そこには別の名で呼ばれるべきであるとしても、何かがあることは確かである。(2・81)
根元的なこの行為は、まさに根元的であるが故に、いかなる限定をも受けない。そこに客観化可能性を限る境界がある。この最後の限界の彼方で生起することを人は運命と名づけるのである。それはそれ以後に来る凡てのものを、質においてもまた実存においても限定するのであるから、本質的に根元となる本性を備えており、それ故に運命と呼ばれるのである(13・404) 今までに何回、僕の運命はその相貌を露わに示したであろうか。僕がそうと気づくよりももっとしばしば、はるかに数多く露われたのではなかったか。そだ、僕の運命とは一つの全体であることが今にしてよく判った。先ずその緒要素が断片的な形で現われ、それがある日全く思いがけない形で合体して、一つの打ち毀しがたい姿をとるのである。僕はそれを「時間の内に延びた顕示」と呼ぼう。(13・303 集成3・515) この客人と我々はただ一度だけ言葉をかわすのだが、その話題は運命である。彼に接するものは凡て運命の相を帯びる。(集成5・382)
永遠
何ものも、至高の高みに達したものさえも、衰退に進む時の運行に抵抗することはできない。しかし、この衰退を引き受けてこそ、最後に表われる永遠に到達することができるのである。(集成4・541)
老い
そうなのだ。老いはけしてそれを乗り越えて先へ行くことはできない。従って、その定義から言って、最終的な位置付けのできないものであり、経験の内に記録することもできない。丁度、死と同じことである。(14・54) 平静な精神を、いかなる状況にあっても、常に、保ち続けること。そして、沈黙のうちになしとげる純粋の行為(プルースト)、それを死に到るまで続けること。僕はもう半ば以上も人生を横切ってきたが、その生がゆっくりと僕を追いぬき始めた。常に僕を超えて上昇し続けていく生は何と美しいのだろう。光波の働きによって僕の生きた痕跡がすっかり消え去ってしまうところまでそれは続いていく。こうして自然は続いて行く。(14・55/1969・2・9) 外からは見えない精神の解体が進んでいるのではあるまいか。もしそうなら、僕は悠々としていられる。なぜならこうして僕の<大経験>が結末に達したということなのだから。僕はその代価として自分の精神を払ったことになるだろう。僕の人生の第二期がこうして始まるのである・・・。この第二期は全うされることはないだろう。その前に死が介入するからである。とすれば、それは死のしるしの下に、すなわち真の生の印を帯びて、始まるのである。(14・392/1971・12・21)
か行
外界
経験の中に発現してくる事物の秩序は、外界と等質である。それを主観の先験的形式と言っても、事物の本質直観と言っても、観念の対象的現実性と言っても、同じ事である。事態は経験の中にしかない以上、またそれが外界と等質の秩序に収斂して行く以上、同じことである。(2・282)
過去
過去があるということは、新しい時代が来た、歴史が転回したという事だ。過去が終結していないということは、過去を本当に現代の中に生かすことができない、ということだ。完全に終った過去のみが未来に向かって流れ出す。(1・347) 過去の実在を示すものは、意志と倫理である。そしてそれは根本的に出発の状態における人間の相である。
(2・80) 現在の中への過去の噴出は、私の存在が輪状に運動しながら形成されて行くことを実証する。私の存在は螺旋を描きながら深化し、その先端が漸次、私が現にあるものにおいて何ものかに近づく。それを、「近接化」運動、と私は言おう。(2・365) 私にとって、過去が非常な重みをもっているとは言っても、それは本当のところ、未来と同じくらい未知の世界なのである。それは刻々変化して止まない。私は個人が進歩したり、社会が発展するのは、過去が変貌することだとさえ考えている。自分の歩みにつれて、過去はいくらでも豊かになって行く。だから私が一種の運命観をもっていると言っても、その運命はけして固定して、現在を束縛するようなものではない。(5・165) 自分の過去、そして生まれる前からすでに始まっていた自分の歴史、そのすべてがこれから横切るべき空間としてそこにある。内面において時間の逆転が起っているのである。僕は自分を見つめる。では、この僕自身を見つめているのは一体誰なのか。これ程までに明確に自己が二重になりうるとは考えていなかった。(14・390)
かたち
もはや争うことの出来ないかたちに人間の情念が、いな人間そのものの姿が結晶したあのラシーヌの悲劇が啓示しているような、あるいはドストエフスキーの小説が与えてくれるような、そういうかたち、そこを通ってのみ人間が普遍へ逢着しうるあのかたち、パスカルはそのかたちの先にのみ神へ通づる道を見出しうると信じた。(4・174)
悲しみ
いても立ってもいられないほどのかなしみが体にみち、三つの旋律の流れが、心の中で共鳴しはじめた。そのとき僕は、瞬間に、なぜ大多数の人間が、他者本位の間接な自己評価の中に、自己を没してゆくのかが判った。(1・282) それは僕の心を養った最初の悲しみに満ちた、しかし僕にとってかけ替えのない糧だった。最初の糧であるが故に、僕の存在そのものと分つことができないほど深く、それに定着しているのだ。(1・281) 悲しみの中に自分が本当に生きていることを意識する。自分がその細い流れとともに在ることを意識する。それは一つのミクロコスモスのように、極微でありながら、その中に一切が含まれているような気がする。それをはずれる一切のものは持続性がないように思われる。そしてそこでは、存在と質とが一つに結びついている。(1・282) しかしそれは恐怖ばかりではなかった。それは悲しみでもあった。果しない悲しみでもあった。僕はこの恐れと悲しみとに、それぞれ、存在と価値という名を与えよう。(4・178) この頃私はそこに一つのことを感じています。それはこの終りが、単なる終りではない、何かに触れ、その中に融合して行くという終りなのだ、と。それは悲しみが残るからです。聖アウグスチヌスのいわゆる「心の悲しみ」です。そしてそこに宗教の世界があらわれて来ます。そこに自分の時間と空間の果てたかなたに神の世界があらわれてくるのだと思います。私はまだこういうことを書く資格があるとは思いません。しかしマルヌに身を投じたこの詩人のビュストを見ているとそういう感慨にとらわれざるえないのです。僕は、ドゥーベルの孤高な誇り高い気品にあふれる像を見ながら、そこに悲しみそのものの定義を見たように思いました。それは自分の時間と空間とが尽きはてたところに人が感ずるものだと思います。(4・196) 日に照らされた悲しみ、どうしたらそれを実現できるであろうか。注意、精密、細やかさ、そして何よりも繊細さ。(14・308) この悲しみは、僕が『日に照らされた』と形容するものであって、人よ、汝の大いなる罪を嘆け」や 「バビロンの流れのほとりにて」と同じように、長調の悲しみなのである。(14・385) 深い悲しみ、それは幸福から消し去ることのできない一つの印である。(集成4・538) 僕自身はどうなのだろう。僕には自分を判断する資格はないけれども、少なくとも言えることは、よいにせよ悪いにせよ僕に起きた凡ゆることと関係なく、ある深い悲しみ、何物によっても癒されない悲しみを心の内に抱えているということである・・・。悲しみと言ったのでは、意を十分につくしていない。しかし、僕の存在からじくじくと湧き出て罷まず、僕の内奥で叫び続ける何物かを、一体、どう呼んだらよいのか。(14・381/1971・12・16)
神
我々の一人一人からほのかに反射して出てくるこの光は、無限に遠く離れた一つの光源から来ているのであり、それを僕は、空無、名ざしがたいものと呼びたいが、なんならそれは神と言ってもよい。(集成4・554) 僕はその時、人間の魂を神から引き離すものは、一切の理由のない意志そのものだということを、物にじかに触れるように鮮やかに理解した。(4・178) 神なき、と言っても、それを無神論と解してはならない。それは、神は定義しがたいというのと同じ意味なのである。神を欠いたこの世においては、すべてが経験から来なければならないのだ。(13・295) 神は万物の原理であるから、当然、最後になって、時が尽きるときに現われるのである。だから、我々の辿るべき道はすでに限界が画されているのである。我々が出来るのはその質を深めることなのだ。僕はそれに「仕上がった被造物」という名を与える。こうして、キリスト教の神秘主義を僕は全的に受け入れる。聖書は真実なのである。(14・391) 神さまがあるとかないとかそういう問題ではなくて、ある人は、その経験において神という名前をつけざるを得ないようなものに出会うわけであり、その時そのものを神さまと呼ぶ。それだけであって、それ以外には何もないと私は思います。(生きること
・82)
感覚
幻想には充足感があるのに対して、純粋感覚にはいつも不充足感がある。(1・227) なぜアクトが純粋感覚を完成するのか。これは矛盾した質問であろう。しかし最も大切な疑問である。僕はこの一見矛盾した疑問を、早く割切りすぎたり、。卑近な答えにならない答えを自らにあたえてきたのではないであろうか。純粋感覚は、あくまで感覚であり、対象との関連の上に起ってくるものである。自分のアクトが、なぜこの対象を知ることを完成するのであろうか。これに対して僕は今何も言うことはできない。この問題一つを辿ってヨーロッパ三千年の認識の問題が展開し、未だに理論的には誰も解決していない。(1・228)
ゆっくりと自己を造型しつつ表わす純粋感覚。これが本当の美をあたえてくれるのではないであろうか。しかしそれにしても、その表われが、何と人目を欺くことが絶対にできないほどはっきりと相違していることだろう。重要なのは、この相違の感覚の方であって、それの説明ではない。説明それ自体は何の意味もないたわごとだ。それはどう言いかえることもできる。しかし感覚はそうはいかない。だから僕は、自分の言葉が、この相違の感覚自体になるまでに言葉を緻密にし、思想化しなければならない。僕はダヴィドとアングルとの間にこの本質的な相違を感じる。そしてこれは人間精神の態度そのものからきており、そこに一種の精神の秩序としての倫理的なものさえ感じる。この「どろりとした重いもの」これががなければ、何もかもだめだ。それは、おのずから形に結晶するもの、どうにもならない形成の必然性を具えているもの、おのずから同質の連関を喚び出すものである。(1・246) 最初には、感覚ではない何かがあるような気がする。感覚から思想に行く過程は厳として動かないとしても、それにひずみと深みを与える何かがあるような気がする。あるいはそれは、色調、音調、曲率と言ってもよい。(1・283) 思想が誕生する時に、感覚は、また当初のささやかな姿に、殆どアノディーヌな姿に収斂する。僕は、この感覚の内面的分化から出たのではない、常識や通念にもとづく、あらゆる感情や知見をそこに入れないようにしたい。また入れたらそのような経験は破壊してしまう。(1・406)
自分が感覚に忠実に生きるとは、この、時の流れの「とりかえしのつかなさ」が自分の中に侵入してくるということだ。その時すべての映像は時の堆積を重く帯び、本当に人を養うことができるものとなる。(1・303) 僕は、思想の領域で卑怯な人間にならないことは、実に困難なことだと思う。そしてこれには、適当な言葉ではないが、精神の感覚というようなものが基礎となっている。ここに感覚という時、僕はその最高の認識上の意味をもってそれを定義しているのである。(1・402) こうして享受が全うされ、確保され、フォルムとなるためには、そこに意思があらわれ、精神の秩序があらわれる。それはもはや導入としての秩序ではない。享受そのものを対象化しようとする意志であり、享受そのものを本質的に不可能とする。ここに深い感覚の弁証法があらわれる。(2・101)
私にとってパリとの出会いは危懼の念をもって始まった。それはパリについて起ったものが「感慨」ではなくて、本質的には、一つの「感覚」だったからである。それが一つの感覚であったとしたら、それに身を任せるという以外のどういう態度が私に可能だったであろうか。感覚こそは自分そのものでありながら、しかも自分を超える唯一のものだからである。「自分を超える」ものに身を委せることから、すべての新しい事態は生れて来る。ただ私にとって大切なことは、その感覚に身を開くことから起って来る問題をどう処理するか、ということである。これは行為だけがその解決をもたらす具体的な問題であり、反省によって処理することは出来ない。しかしこれに関しても、私には感覚に忠実に生きる、すなわちそこに一つの根源的なものを信じ、それに自己を従えるという以外には何事もすまい、と思った。これはデカルトがとってもって自己の思索の根本に据えたもの、すなわち感覚のあたえる印象の確実性を疑うということと一見矛盾するようにみえる。この場合、感覚の定義が異なる外に、どういうコンテクストの中でデカルトが感覚を問題にしているかを考えてみると、私の言う「感覚に忠実に生きる」ということと、「感覚のあたえる印象を疑う」ということとは決して矛盾しないのである。それは感覚の次元が深い奥行をもって拡がっているということである。(4・246) 感覚が純化し、自己批判を繰り返しつつ堆積し、そこにかたちが現れて来るのを経験と呼び、単なる感覚の集積を体験と呼ぶ。(4・251) 感覚の処女性という表現によって、私は、ものとの、直接の接触を意味する。その接触そのものの認知を私は経験と呼ぶのであって、感覚が経験の一部なのではない。(5・47) その時、人は、感覚というものは、感覚していると思うことではなく、一つのじかの接触、一つの痛みだということを悟るであろう。そしてこういうなまの接触と痛みとが一つの本当の交通を形成するに到るには、実に長い長い遍歴が必要だということが分かってくるであろう。思いがけないような道を歩んで感覚そのものが鍛練され、強靭にならなければならないことが判ってくるであろう。(5・241)
観照
今僕は、けして譲り渡すことのできない観照者としての立場、というものがあることを知っている。なぜなら、それ以外のことは出来ないのだから。ただ、この観照を再高度に力動的なものにしなければならない。つまり一つの行動に代りうる観照にまで高めるのである。行動のかたちをとった観照。これほど簡単なことが、どうして長い間、判らなかったのであろう。(13・462)
感情
感覚の燃焼の過程と終結とに関して、残るのは知覚が全部ではない、と言いたいと思う。ある仕方で、感情もまた結晶する。しかしこれは、燃焼過程にある想像と結びついた感情ではなく、鉱石のように結晶し、逆にそこから想像力を規律しつつ駆使することのできる純粋状態に還元された感情を意味する。そしてこの知覚と感情とが認識の内容をなすのであると思う。(1・411) 感情の抽象状態もあるのだろうか。あるとすればパスカルの弁証法の基底をなすものはそれなのだ。そしてこの抽象は無限である。それには涯しがない、座標がない。(4・178)
カント
内面に凝集してくるものが、未来に向って延び出す様態だけが問題の核心を形成する。これはもう経験の問題ではない。定義そのものの形成の問題であり、おのずから次元を異にする。これを明らかに整理してくれたのはカントであった。かれははっきりと言う、いくら経験の中をさぐっても、そこには神も内面も永遠も見つかりはしない。それらが無いということさえも判りはしない。(集成1・466)
キリスト教
キリスト教の中心問題は人間の「罪」、もしくは罪性を明らかにし、かつその罪からの救いを教えようとするにある。このことは人間を倫理的責任のある主体として規定する。この二つの矛盾することがらが一つに結合しているところにキリスト教の独自性がある。(8・3)
経験を超える、経験とまったく関係ないものが、経験の中でしか起こらないのがキリスト教だと思います。(現代のアレオパゴス)
虚栄心
だいたい人ばかりあてにしている。そんなものは文化でもなんでもない。たかだか虚栄心である。(1・105)
共生
どんなに存在が近接しても、アンゴワッス(苦悩)の膜は破れない。ほとんど消え失せたかに見えてもそこにあって、すぐ又現れて来る。日本人の、共生に究極する経験に根本的に欠けているのは、アンゴワッスのトナリテ(調性)であり、それが欠けていることと共生とは、実は同じことなのである。(4・41)
恐怖
恐怖は僕の存在の中核から噴き出て止らなかった。しかしそれは恐怖ばかりではなかった。それは悲しみでもあった。果しない悲しみでもあった。僕はこの恐れと悲しみとに、それぞれ、存在と価値という名を与えよう。(4・173)
均衡
今となっては、何もかも剥ぎ取られて、支えとしては自分の均衡以外に何物もない道で、均衡のとれた歩みを続けることを知らねばならない。僕は自分の能力だけによって自分を維持することが苦手なだけに、尚一層の熱意をもってそれに力を尽す必要がある、というものである。〜目に見える標識のない自由な空間において自分を維持しつづけること、内面の均衡なくしてどうしてそこに到達できよう。(14・446)
経験
私には深まりが大切なのである。深まりとは人間経験の深まりである。私にとって経験とは現実そのもの以外の何ものでもなく、しかも経験であることによって、現実には無限の深まりが可能であり、神にさえ到りうるのである。(いかに生きるか・講談社新書・4) 思想というと君にはむつかしすぎるかもしれない。経験と言ってもよい。風化をうけて、しんだけのこったような彫像、影の中に、かすかにうごめく生命の影、死の中にまで延びていった生命の不壊のフォルム。これを確かめることを人間は求めているのだろうか。(1・274) カントははっきりと言う。いくら経験の中をさぐっても、そこには神も内面も永遠も見つかりはしない。それらがないということさえも判りはしない。アランはこの地点から、経験の中を、ではなく、そのへりをつたって歩き出した。〜経験は内面に参与するものである。もしくは内面が経過した跡であり、しかも内面の成長につれて、その意味の限りなく豊かになるものである。しかし内面そのものではない。だから経験を全く異にする人の間でも会話が可能になるのであり、作品の普遍性が出てくるのである。(1・432) そこは、いわゆる常識から見て幼稚に見える疑問が幼稚でなくなる場所なのである。しかし僕はそこへは入らない。経験と呼ぶもののところで踏み止りたいと思う。(集成2・304) しかも僕は、この内面の極致が、いかに内面の荒廃と紙一重であるか、を覚って戦慄する。すべての経験が、崩壊し、夢と化そうとする時に、それを生み出した細い幽かな流れがきしむ。それを見棄ててはならない。経験のへりを歩いて行くとはそのことである。(集成2・ ) 経験の成熟とは、自分の個人的な経験が歴史と伝統の中に伝えられた言葉を定義するに到ることである。(2・287) 経験というのは人間が、自分の中に生れたある特定の事態に基づいて、自由を具体的に直感する場所にほかならない。(3・40) 経験に徹しようとする時、そこにあらわれてくるのは真の客観性、主体的には無私ともいえる精神である。自己の経験をある程度以上深めるとかならず起ってくることは、他の人間との経験との一致を期せずして知らされることである。(3・55) 本当の経験というものは、本質的には、直接提示できないものなのであって、それにある「名」を付けることができるだけである。だからそれを定義し、表現するには、どうしても象徴的な道を採らなければならない。(3・78) 私にとって経験とは、私に与えられた現実そのものである。(4・104 集成4・155) 本質圏が、質料と形相とのからみ合う闘いを通して、より自由になること、それが経験の変貌の意味である。(4・121) 感覚が純化し、自己批判を繰り返しつつ堆積し、そこにかたちが現れてくるのを「経験」と呼び、単なる感覚の集積を体験とよぶ。(4・251) 経験と体験というのは別のものがあるのではなくて、一つのものがある凝固した形をとるときに、それが「体験」で、それがあくまで新しい可能性に向かって開かれている時に「経験」という名前を私はつけるのです。〜たとえば迷信なんか、体験の最も極端なものでしょう。あるときに、あることが有効だったというので、みんなそれが有効だと思って、それをがんばってまもるという類です。(生きること 100) 僕のいう経験とは、僕の存在をその本質において完全に反映するものでなければならない。(13・473) 凡ての宗教、凡ての哲学が僕の定義する経験という至高の一点を通る。それらは凡て再検討され、再確認され、新しい相貌に輝いて、ひとつの思想の新しい組織に流れ込むのだ。それが僕の思想であり、人類の思想となるであろう。(13・481)
啓示
この「接触」に達した瞬間に、僕は自分の中の、人間についての報道に対するあらゆるかわきと興味とが死滅するのを確実に意識した。それは誤解をまねき易い言葉を使えば、啓示と呼ぶことができよう。(2・225)
弧
僕はしばらく、バスの停留所の傍のベンチに腰を下していたが、喜びとも悲しみとも知れない感情がふき出して止らなかった。もう弧を描かなくてもよい愛情があるだろうか。芸術の弧なしに、人間と人間とが、ものに化そうとする無関心の愛情の中に融合することがあるだろうか。(1・267)
構造主義
もし構造主義が偽・行動的な観照的態度の帰結であるならば、それとは本質において異なる何かを求めなければならない。(13・373) 僕の生活は、自ら発展していく有機体というよりは、むしろ、統一を欠いた要素の集合体なのである。この意味で構造主義は綿密に検討するに値する。作品が作者と分離したものであるということが、単に言葉の上のこととしてではなく、現実の問題としてよくわかった。(13・442)
ここ
こうして、逆流しつつ前進する僕の中の時の成熟は、僕をここまで連れて来た。もうどこにも外に行く先がない、という「ここ」の暗示へ。外の行く先、という言葉がそのすべての意味を喪う「ここ」へ。(2・225)
個人
私はこの芝居を見て、本当に個人になることだけがこの芝居に参与する、つまり人間の共同を成立させる条件である、ということを一つの実例によって教えられたと思う。これは限りなく厳しい道である。経験が個人という唯一の置き換えることも避けることもできない究極的な狭い道を通って、大きな共同の世界へつき抜け、そういうゆたかなフォルムを形成するのを見るのは深い感動である。その意味で経験は社会的であることがその本質である、とも言えるであろう。(集成3・97
遥かなノートル・ダム) 個人というものの重さは、経験そのものの質とその純化の程度によって定義されている。(3・39) 私にとって、経験から思想への道は、この貝殻の形成のようなものではないであろうか。そして殻の表面の凸凹も、石灰質の成層も、その筋目の入り具合も、内面の琺瑯質も、みな内部の軟らかい、敏感でアモルフな肉の作用によるものではないであろうか。それは一体何だろうと私は問わないであろう。それを問うことによって、それを問うものが自分であろうとも、軟らかい肉は損われ、無意味なもののかたまりとして硬化してしまうからである。個人ということは、第一人称ということの本当の意味は、そこにあるのだと思う。(5・80 暗く広い流れ)
孤独
この孤独の異常なひどさは、自分が間違っていないからではないだろうか、とさえ思いかねないくらいだ。(1・254)
死が絶対の孤独であるとすると、生の中から始まるこの孤独は死の予徴である。しかし生の中に始まるこの死は、生の終りとしてくる死と何とちがうことだろう。(1・254) 感覚はすべての思想、すべての作品の根源であって、独立していなければならぬ。それが孤独ということの本当の意味である。それ以外の孤独は感傷である。あるいは癒されうるものである。だからなるべく早くそれを癒した方がよい。しかしこの根源的孤独は当然保持されなければならない。(1・277)
言葉
それをさらに展開しようとする時、僕の言葉は実体を離れ、すなわち、言葉の本来の真面目な機能を喪失し、空中楼閣を築きはじめる。展開そのものがしてはならないことなのではない。展開が本当の展開となる状態が、いいかえれば経験そのもの深まりが、徹底し、いかなる言葉も経験から遊離しないような条件が、僕の中には出来ていなかったのである。それは今も出来ていない。(1・194) 言葉は人間存在と同じだけ深いところから由来している。言葉のある組み合せが詩歌文学のような芸術作品を生み出すことのできる根本的な理由は、この言葉の根源性にあるように思われる。本質的には、経験とその指標である言葉との間には先後の関係はない。それは経験と自然との間に先後関係がないのと同じことである。(集成2・304) この文明の中では、自然、人間、愛、悲しみなどという何でもないように見える「言葉」そのものがすでにそういう冠なのです。そういう言葉を、無数の経験と思索と行為とがそのまわりをめぐりながら定義しているのです。(3・118)
どんなに辞書を引いてもその意味の分からない言葉、思考と経験の内部では、始末のつかない言葉。(3・119) ヨーロッパ人は、キリストの生涯の上に
『愛』という名を冠しました。この場合『愛』という言葉は一つの本質的な生と死との上に置かれた冠なのです。『言葉』を用いるということはそれほど真実なものであり、しかも人間の経験と思考とを超えているのです。(3・120)
言葉は経験とは別の、単なる手段ではなく、もっと経験にとって実質的な何か、我々がそれを操作し、それを生きることによってのみ経験自体が成立する、従ってそれなしには人間形成というものも成立しえないような、人間の根本的な在り方のすべてを含んでいるようなものである。(5・351)
「ことば」は経験の本質的契機であるが、それは経験と言葉とが同時的であり、あるいは同一物であるのかも知れないのである。(5・361)
さ行
さいかち
松本へは下り道だったので、急ぎ足で、約三時間半かかって、四時過ぎに家についた。娘はもう死んでいた。体にはまだぬくもりが残っていた。松本へつく少し手前、私は並木道を通っていた。風が吹くと木々の上で、いっせいに無数の雀が鳴き出した。しかし変だという気がした。暁近いとはいえ、この夜中に雀が鳴き出すというのも異様であった。夜空をすかして見ても、いっこう小鳥がいいる様子はなかった。何かがしきりに落ちてくるので拾ってみると十センチぐらいの莢に入ったままの乾いたさいかちの実だった。風に吹かれて、熟れ乾いた莢がさやさやと鳴っているのだということが判った。(5・78
暗く広い流れ)
罪責 (→罪 )
ただほのかな、全身をしびらすような罪責感が、美しい星空と呼応して僕を包んでいた。何の罪責か、それは僕にはよく判らなかった。そしてそれと同時に、どうしてもそれに屈しない我執のようなものが僕の中に疼いていた。それもまたよく判らなかった。それは醒めた夢のようだった。僕は寝ていたのではなかった。しかし醒めていながら、それらの想念が、いなむしろそれらの想念の基礎にある僕の存在そのものが、夢の中のように異常な明晰さで、しかも理由も判らずに僕を包んでいた。僕の存在、それが醒めていながらこのように裸で息づいているのを、僕は今まで経験したことがなかった。(集成2・131)
作品
よい作品が書けるのは、熱情からでもなければ、霊感によるのでもない。作品というのは、その生成過程からみると、全く別の範疇に属しているのだ。作品が誕生するとは、努力と注意集中の全体をつくして、仕事を維持することを必要とする「何物か」が、おもむろに実現することなのだ。(2・318) 人によって様々な見方や見解が可能である、なぞという俗見を私は一切信用しない。そういうことがありうるのだったら、作品は作品ではなく、でたら目であろう。作品はそこに在るものであり、その在ることに参与することによって、人々の判断の一致を実現する力をもっている。そうでなければそれは作品ではないか、あるいは何か大切なものが見落されているのである。そこにあるのは「感覚」というものの厳密さであり、本源性である。作品はそれがある一つの極限に達することによって、あらゆる説明的なものが脱落し、純粋に感覚の領域に入るのであり、そこではすべての論議が罷み、主体と作品との沈黙裡の照応が開始される。(4・108) ある作品の回りをぐるぐる旋回する場合、その作品は創造的行為の立ちあらわれるための一つのきっかけにすぎないのだ。(4・414)
裂け目(裂目)
それは認知しがたいほどかすかな裂目である。空間と時間との裂目である。このかすかに見える割れ目をこえて一方から他方に行くのに一人の人間の全生涯を必要とするのである。あるいはそれ以上のものが必要なのだとさえ言いたい。あるいは一人の人間の生涯とはそういうものなのだと定義できるのかも知れない。この裂目を歩み出すと、それが限りなく幅の広い、深い淵なのだということに気がつくだろう。(1・425)
自分の存在の中にある穴について考えた。これは、「流れのほとりにて」の中に、色んな表現の下に現われてくる。僕にとって、愛情、欲望、学問、仕事などははすべてこの存在の裂け目に重なっていることに今あらためて気がつく。(集成2・95) 自己から流れ出す時間は、この裂け目に流れ入る。それがいつか堆積して、裂け目を埋める時が来るであろうか。これは一切判らない。しかし、この割れ目に流れ入るというアクトそのものが、これ以外には一切道がないことを僕の内面に教えている。(2・88)
悟り
絶えず新鮮さを取り戻すことと、迷いから覚め、悟りをひらくこととを混同してはならない。悟りとは堕落の一形式であり、それは是が非でも避けなければならない。個人としての生活において、絶えず緊張を更新し、悟り、諦め、投げ出すことを避けなければならない。(集成3・351)
三人称
第三人称は第一人称の生みの親である。それこそは、ヘーゲルについでアランが、概念と呼ぶものである。(14・319)
死
人生はあくまで冒険である。人は自己の生涯の意味を死を前にしてしか知ることができないのだから。こうして人間は何度も歩き始める。いつも出発の状態にいる。そして突然、死はやって来る。突然でない死などはありえない。(集成2・87) 錯覚が一つ一つ洗い流されてゆくことは、恐ろしいと同時に厳粛なことである。人間というものがどんなに深く自己の作為する虚偽に包まれているものであるか、ということを感ずる。そしてこの虚偽はどこから出て来るのだろうか。こういう模索はどこに収斂してゆくのだろうか。そしてこれらすべては出発の用意にほかならない。それは死を迎える用意と言えるかも知れない(集成2・89) 死は生涯の果てにあるのではなく、一つの存在が、存在そのものに純化された時、いつもそこにあるのだ。死というものは存在の純化そのものだ。(2・121) 自分の実存に直接関わる問題に関しては、深い無限の静けさが自分を包んでいるのを感ずる。あたかも、人生の時計が死から始まって逆方向に進んで行くようだ。(13・287) Mの死、ひとりの幼女の死、それも一つの宝石だ。花では脆すぎるのだ。死はけして脆くはない。それどころか、死はこの世に在る最も堅固なものなのだ。だから僕はそれを宝石と言う。宝石、それは譬えて言えばの話だ。それは生きぬいたもの、最後まで燃え尽きたもの、そして、時間を超えた次元で永続するもの、である。(13・327) 死のみを待つこと!そこからは汲み尽くせない力が湧いてくるではないか。そして死とは、僕の現に在る、その凡てに他ならないのだ!(集成5・397) 死とは、それを超えるとすべてが聖性な意味を帯びる、ある一点なのだ。必滅こそが聖性に到る入り口なのである。(13・359) 僕は、死の、あるいは自分の死のこれらの前兆を、嬉しく思っているのである。何となれば、こうして僕は自分の真の解放に備えることができるのだから。(14・383)
ジイド
ジイドは絶望して死ぬことを念願としていたが、これは人間がもちうる最大の野心であろう。〜ただ、この絶望そのものに限りない深まりが可能であることを思わなければならない。出発としての死は、出発としてなかなか意識されないほど、深く本当の出発なのだと思う。(集成2・89) そしてこの感覚は、ジイドのいうあの、絶望して死ぬ、という、かれがその中で死にたいと言っていたあの絶望に、何と近いものだろう。しかし、ジイドは、罪責感の方はどうしたのか。そんなものはなかったのか。いや僕はそうは思わない。かれはそれを負って逝ったのだ。ジイドは、充され、飽きたりて死にたい、と言ったが、それはこのことを排除するどころか、それを前提しているのではないだろうか。(集成2・133) 七十歳を超えたジードの経験には、殆ど雷に打たれたような感動を覚える。このような次元で、自分の内に生起した一切合切を客観的に見直し、勘定しなおす勇気が果して僕にあるであろうか。(集成3・353)
自我
書くことがかたちを把えるというようなことではなく、それを実現する一つの道であるという意味で、またかたちを生み出すということは、実は自我の深い否定だという意味で、パスカルの言ったこと(「自我は憎むべきものである」)は妥当する。(4・174)
自覚
ものと人とは、本当にものと人とに還らなければならないのであり、それは認識の問題であるよりは、自覚の問題であるように思われる。自覚というものは、自分を知るということであるよりは、現われては去って行くものと人とに本当に気がつくということであり、現われてくる、ということと、去って行くということを深く感ずるに到ることである。
(2・286)
時間
ある事態がすでに自分の中に生まれて来て、これが時間だと判るのである。その瞬間、私の背後にある全過去がその中に流れこむのだ。それはある一つの過去と現在と未来とを、伝統と進歩とを一つの経験において結合する符号なのだ。(2・464)
自己
混沌としていた自己が「が在る自己」とである自己」とに分解され、その割れ目に、両つの自己から最小限の供与をうけながら、おもむろに増大してゆく自己でない自己が現れてきた。自己が分析され、解体されてゆけばゆく程、この第三の自己は大きくなっていく。そしてこれが一人の人の生涯であることに気付く。一人の人が軽薄でなくなるには、これ以外の道はない。(1・374)
思考
魂の深さの差が、愛のすがたが一つであるに限らずあるいは正にその故に、徹底的に露われる。しかしこの深さの度合は、本当は思考の深さの度合の基準にならなければならないものである。何となればそれは、本質的には純粋さの度合だからである。自分を超えるものがそこにある、というのとある意味で同じことだからである。(集成2・147) 人間の思考の中に、造型と全く同じように、真実なフォルムがあるという事が触知されてきたことは実に例えようのない喜びである。しかし思考にフォルムがあるという時、それは存在が、生活が変貌することを意味している。(2・139) 思考は人間存在が経過するある本質的な時間の間しか有効に作用しない。この時間を逸し去った思考はすでに思考ではなく、引かれものの小唄に過ぎない。行動すること、生きることが我々にその本質的な構造をのぞかせる時に、考えることはその本来の重みをもって現われて来る。(2・466) それは「もの」であって、思考ではないのです。思考はそのまわりをめぐるだけでなのです。そして、「もの」のへりで消失するのです。(3・118) 要は厳正な思考にあり、思考の進行は抽象化ではなく、限りなく現実に近接して行くものでなければならない。言い換えれば混沌とした現実の組織である。それは現実に人間の認識と行為が浸透して行くことであり、現実が次第に透明化して行くことである。現実は経験と言い代えてもよい。だからそれは経験の透明化、組織化、更に存在の自己化と言い代えてもよいと思う。(5・370)
仕事
彼自身が死んで淵の中に落ちていった時、俄かに裂け目は埋まり、彼の仕事はいつまでもそこに止まる。もし仕事がこういうことでないとしたら、仕事にはいったい何の意義があるだろう。(2・294)仕事をするということは、自分の経験の内部で、常に新しい自然と人間とに触れ、それを堅固な、自分に属する「もの」に変化させることであり、この不断に新しい接触を耐え忍ぶことのなかに、いつも持続させなければならない。(2・462)
本質の世界は存在する。この二つを結びつけるのは仕事である。それは哲学などというものではない。もっと日常的な、しかも最高の哲学にまで昇華しうる何ものかである。(13・390)
静けさ
静けさとは音がしないということではない。それはむしろ外からの音に抵抗する魂の強さである。それに出会うと外部の雑音は凡て絶えてしまうのだ。外の音はそれでも侵入しつづけるだろうが、それは静けさを尚一層濃密にするのに役立つであろう。(集成4・538)
自然
この内面というのは、精神的とか人間的とかいうものではないようだ。自然そのものだ。鉱物、植物、昆虫、それらのものの方が余程内面に、その活動状態に近い。〜内面にはそれらが全部、むしろ全自然が在るのだ。(1・430) 自然と実在的に触れるためには、感覚的になってはならない。感覚から出発するということは、精神が感覚化してしまうこととは何の関係もないのみならず、むしろ逆のことである。(2・183) そこでは自然は、内面の格闘から目を背けさせ、それを慰めるものではなく、内面の問題の中に、無感動な自然の烈しさに通ずるものが、その根本に横たわっていることを教えているように思われる。(4・224)
人間がつくった名前と命題とに邪魔されずに、自然そのそのものが裸で感覚の中に入ってくるよろこび、いなそれは「よろこび」以前の純粋状態だ。あとなってから、私はこの状態に「よろこび」という名をつけるのだ。(5・46) 仕事の秩序において「自然に還る」ということはそこに一つの思想が純乎としてあることを意味している。仕事の秩序においては、だから、感性の水位における自然は徹底的に姿を消さなければならない。(5・74) 造型であれ、音楽であれ、思想であれ、その真実性は堅固な抵抗感覚にある。そしてこの抵抗は自然の自然に対する抵抗であって、この抵抗ということ自体が人間を構成するのである。(5・77)
思想
だから、思想の面においても、僕の努力はおのずから、それの究極を感覚の純粋状態へ還元する方向へと向った。(2・100) 定義と経験との間に立てられる等価関係が私の思想の基本を構成している。(2・388) ただ、僕には、もっと直接的な、自分の脈動に触れる何ものかがその根底にあって、思想がすべて残すところなく、それから湧き出すことが絶対に必要なのである。(4・172) 思想は、論証や議論とはおよそ縁のない、経験がゆるやかに近づいて行く極限のフォルムだ。(4・199) 音楽性は思想というものの本質を表している。思想とは、その進展自体のうちに具体化するものに従って、自らに規律を課して行く一つの歩みに外ならないのだから。(13・293) 思想を深めるというのは知性の問題ではない。それは無限に向かって開かれた経験そのものなのである。(13・477)
自分
これからは自分と自分の生との分離を深めなければならない。自分というのは存在しないようなものであり、生の方は自分に属するものではない。僕はこの根源的な真理を長いこと見落していた。この生は僕のものではないのだから、客観的なものとして、注意深く、慎重に、丁寧に扱わなければならない。そして、それを貫く諸々の法則が浮き出てくるようにしなければならない。(13・460)
視野
この向こう側とこちら側とは、現実には一つに重なり合っている。だから同じものについて二重の視野が規定されて来る。経験そのものがそういう二重の視野にわれわれを導いて行くのだ。人間存在のエキリーブルもこの二重の視野の中に設定されなければならないのだろう。しかもそれは我々我々の意識的努力を遥かに超えている。こちら側の内部でエキルーブルを人工的に作り出してみてどうなるのであろうか。(2・253)
社会
社会とはごく稀にしか実現されないものなのである。それは到る所にあるが、どこにもない。その唯一の条件は、根元的に共同体に属するものを共同体に返還することにある。この弁証法を判る人がどれほどいるであろうか。(13・479)
自由
自由になることとは、好きなように羽を伸ばすこととは程遠く、限りなく厳密な研磨の後にのみ可能になるものなのだ。自由になること、それは人が構築しなければならない何物かである。(13・423)
主体
主体を定義する場合には、この主体がまず客体化されなければならない。主体を客体の次元に転位することが、主体を定義するための前提条件である。この客体化の作用は経験そのものに内在する。(13・73)
出発
人生全体の意味が「出発」ということではないだろうか。デカルトは死ぬ時に、「さあ私の魂よ、出かけよう」と言ったそうであるが、またそれに纏わる伝説もあるが、その言葉自体は、実に深い言葉だと思う。僕はいつまでも、生きている限り、最初の出発の状態に在るのだ、ということを忘れないようにしよう。(集成2・87) 人は勝手に、好き放題に出発することはできません。自分を賭けた歩みがすでに始まってしまって、遥かな時が経って、それから出発が来るのです。(3・163)
自由
自由は定義するものであり、いかにしても定義されえないものである。又自由の定義は無限の媒介項をもっており、それが逆に自由を定義出来るかのような錯覚をあたえるのである。古来の神学は神を持ち出して自由を定義しようとした。しかしそれは、宗教的には正しいとしても、哲学的には問題を一歩後退させただけで問題は常に同一に止まり、一歩も前進していない。デカルトの形而上学、カントの実践哲学はそのことを決定的に明らかにした。それは経験としての人間の究極性を示すものである。(5・372) 自由とは自己同一を証することである。日本は自己同一性を証明するものを見出ださなければならない。(14・391)
生涯
この(存在と本質の)微細な隔たりを埋めるものが、一人の人間の誕生と死とを含む生涯そのものだ。(1・368)
情念
情念は意志より根本的なものあるか。ある意味でそうである。情念がなければ何もあり得ないという意味で。意志は情念があってはじめて意義を持つということによって。これは意志の内包の拡大深化だ。(2・225)
人格
人間が美しい人格とともに、避けることのできない欠点や暗さを終りまで持ち続けることは、それ自体偉大なことではないだろうか。これもまたその人間そのものなのだから。
(1・269) 私の「人格の崩壊」ということがいわれていますが、私には「崩壊」という経験はほとんどないのです。これはむしろ、自分の主観的な、自分の内面にできるだけ徹しようとした態度なのかも知れませんが、私自身としてはその崩壊ととられる時期を、かえって逆に、自分の主観性・人格性の高揚期として意識するのです。たしかに、私は崩壊しつつあったのかも知れない。そういう蓋然性は多い。しかし私自身には崩壊しつつあるという意識はほとんどありませんでした。(生きること・16)
信仰
信仰とは、私どもに信頼の念を起こさせるような積極的要素を欠いている時に、ある一つの言葉を真実として信じることなのです。(土の器) 信仰と無信仰とは直接していて、信仰と無信仰とは双生児であり、人間経験の中に信仰の基礎がないことは、無信仰に就いてと全く同様なのである。(土の器・219) 無信仰と無神論とは明らかに別のことである。信仰をもっていても、私は有神論者ではないといったら、矛盾であろうか。(いかに生きるか・8)
信仰というのは、経験ではないけれども、一つの事実です。(いかに・189) 信仰という要素を含んでいなければ、経験にならないのです。(いかに・194) 三人称はもとより、二人称になることさえ拒否する二つの主観。その間になり立つ唯一のコミュニケーションの道は信仰だけである。(14・164)
神話
もし「神話」の深い意味が「原事実」と「原思想」と融合した感覚のかたまりであるとすると、私の経験の底にそういう「神話」が露われて来たのである。(5・344)
宗教
それは、あらゆる限定から離脱した、どこにでもその究極の点に現れ出る何ものかであり、それに意味付けをすることは出来ず、逆にそれはそのものにある究極的な意味を与えるのです。人はそれを説明する代わりに、「宗教」という名を与える他はないでしょう。(3・187)
主観
純粋な主観が細部の末端に到るまで分岐して行きわたって、その細部を通じて客観が浸透しはじめ、遂に主観がとってかわる。客観を飽和するまで含んだ主観。(13・322)
生
こうして生は、その外延が不断に拡大し、その中心が不断に深化する球のようなものだ。(2・225)
沈黙のうちになしとげる純粋の行為、それを死に到るまで続けること。僕はもう半ば以上も人生を横切ってきたが、その生がゆっくりと僕を追いぬき始めた。常に僕を超えて上昇し続けていく生は何と美しいのだろう。光波の働きによって僕の生きた痕跡がすっかり消え去ってしまうところまでそれは続いていく。(集成4・553) この生命に見捨てられる感じ、それは僕の送っている生活の質について、つまりそれが人の望みうる最良の生であることを、はっきりと悟らせる。(4・384)
突然、僕は、自分の生涯が終っていたことを感ずる。しかも、幸いにして終っていた、と云おう。〜僕に残された人生は、既に終ったこの生を立派に仕上げるためにあるのだから。全精力をこの行為に集中しなければならない。(13・414)
精神
精神とは、一種の作用を持つ能力ではなくて、存在そのもの奥底から湧出する創造的意志なのである。精神を絶望的に頽落させる一切の情念的雲霧の問題を明らかにせねばならぬ。(2・314)
静寂
一つの静寂けさが我々に宿り、我々の存在の真中に腰をおろすのを感じとること。それを前にしては我々は全く為す術がなく、本質的に無力であるより仕方のない静けさ。それは何と神秘に満ちた来訪者であることか。(集成5・382) この静寂は、常に我々の中にあるとは言えない。ある日、突如として我々の内部に入り込んでくるのである。それを引き起すのは、我々がこのことを意識することでも、そう決意すること或いは決定することでもない。ある日、誰かが訪ねて来るように、向うから来るのである。そして、その日になるまでは、我々の口にすることは凡てお喋りでしかない。〜ところで、この静寂は、我々の存在に浸透してくるあの星辰の燦めく夜空なのではあるまいか。(集成5・383)
接触
ここで、僕は一つの認識に達した。認識を拒否するものの一種の認識に。それは認識という名で呼ぶべきではないのかもしれない。とにかくそれは諒解だ。いや諒解という言葉も誤解をまねく。それは蝕知だ。あるいは端的に「接触」だ。そこから新しい認識の系列が生生とうまれて来る。この接触に達した瞬間に、僕は自分の中の、人間についての報道に対するあらゆるかわきと興味とが死滅するのを確実に意識した。それは、これもまた誤解をまねき易い言葉を使えば、啓示と呼ぶことが出来よう。何かがそれ自体を僕の接触の中にもたらすのだ。それしか、知るということを現実にしてくれるものはない。しかし、それは知識ではない。存在全体が変化することだ。何という新しい生命の相だろう。そこには経験というものの本当の定義がある。(集成・4・243) 感覚の処女性という表現によって、私は、ものとの、名辞、命題、あるいは観念を介さない、直接の、接触、を意味する。その接触そのものの認知を私は経験と呼ぶのであって、感覚が経験の一部なのではない。(集成5・55)
絶望
本当の絶望は恐ろしいものである。何となれば、それは自分の可能性と条件の中に働く事に生甲斐を感ずるに至る到ることだからである。この直覚が起った時、僕の中には、春の潮のように喜びが湧き溢れてきた。(2・138)
生活に生甲斐を見出だすということが、絶望の最も著しい徴侯であることを徹底的に書かなければならない。これはむつかしい主題であるが、同時にもっとも普遍的な主題でもある。(2・140) 「絶望して死ぬ」、何という贅沢か。それにしても、これが真理の一端を包含していることに変りはないのである。(2・327)
先生
人格の点で、これほどまでに進歩を示さない人は少ない。それは、先生の人格が四十年前にすでに出来上がっていたことを意味する。〜家族、特に子供たちと孫に対する先生の愛情、この殆どこれみよがしとも言える愛情の表明は、先生一流の
mea culpa (罪の告白) なのである。この、ちっぽけな地点、そのおかげで先生はかろうじて均衡を保っているのである。(13・458)
旋律
旋律とは、形と全く同じように、一つの集積なのである。ただそれが水に溶かされているのだ。同時に、音楽性は思想というものの本質を表わしているとも言える。思想とは、その進展自体のうちに具体化するものに従って、自らに規律を課していく一つの歩みに他ならないのだから。音楽のもつこの深い透明性、それに達する以上に緊急の務めはない。(13・293)
想像
感覚は自己自らの可能性によって、この欠けているものを生み出す。想像が働き出すということは、感覚の自由と独立との証拠であるとともに、その欠如態の痛ましい表白であり、これまた感覚の事実である。(1・278)
直接に質料と接触し、絶え間なく働いている想像力。仕事をしている想像力、作用している想像力。この瞬間毎の行為は、時間の持続全体を包んでいる。(2・364)
存在
風化をうけて、しんだけが残ったような彫像、影の中にかすかにうごめく生命の影、死の中にまで延びていった生命の不壊のフォルム。これが意志というものの本態なのだろうか。一つの存在が非存在と直接に触れている現実、これがジャコメッティの芸術の意味ではないだろうか。(1・274) 僕はこの両者の(存在と本質の)交点はどうしても完全に合致しないこと、本質は存在しないこと、などを言った。少なくとも存在する証拠はない、と友人は言った。(1・368) それは、存在としてある自己が本質としてある自己に達しようとしつつ、不断にその中間に、狭くしかも暗く口をあいている深淵のような自己に、自己を注ぎ込む不断の運動である。結晶の堆積がついに間隔を埋めるかどうか、それは予め決して判らない。しかし自己はそこに流れ入り続けなければならない。(1・369) それは醒めた夢のようだった。僕はねていたのではなかった。しかし醒めていながら、それらの想念が、いなむしろそれらの想念の基礎にある僕の存在そのものが、夢の中のように、異常な明晰さで、しかも理由も判らずに僕を包んでいた。僕の存在、それが醒めていながら、このように息づいているのを、僕は経験したことがなかった。 (2・121)
た行
体験
人間はだれも「経験」をはなれては存在しない。人間はすべて経験を持っているわけですが、ある人にとってその経験の中にある一部分が、特に貴重なものとして固定し、その後の、その人のすべての行動を支配するようになってくる。すなわち経験の中にあるものが過去的なものになったままで現在に働きかけてくる。そのようなとき、私は体験というのです。それに対して経験の内容が、絶えず新しいものによってこわされて、新しいものとして成立し直していくのが経験です。経験ということは、根本的に、未来へ向かって人間の存在が動いていく。一方体験ということは、経験が、過去のある一つの特定の時点に凝固したようになってしまうことです。だから、どんなに深い経験でも、そこに凝固しますと、これはもう体験になってしまうのです。これは一種の経験の過去化というふうに呼ぶことができましょう。過去化してしまっては、経験は、未来へ向かって開かれているという意味がなくなってしまうと思うのです。(生きることと・96)
対象
それは、対象が対象に還ることである。私達の気取った感動や知識や連想や追憶などは、対象とは何の関係もない、私達の女々しい自己装飾だ、というそういう所へ私達を追い込むのである。それが対象が対象に還るということの意味である。(5・242)
魂
人は抵抗作用を素材の中にのみ見ようとするが、魂の方向づけがあるからこそ抵抗が生れるのである。(4・184)
血
私達の存在から抜きがたいほど深く根差している残酷さcruauteをどのようにして克服したらいいのか。この血の塊、私達がただその縁辺を知っていた制服、階級性、権威、脅迫、恐怖……。枠が一度壊されると、それは遺滅する。それは血の塊への盲目的運動になる。組織化されなければならないのは、この血の塊そのものなのだ。(2・314)
父
信仰についても、牧師であった父から直接影響を受けたということは全然ありません。だいたい父は、私のすることに対してまったく口出ししませんでした。〜私は、父がとてもこわかった。非常にこわかった。第一、話したことがほとんどない。顔を見れば父だということは覚えていますけれども、それ以外には、お父さんと呼んだ記憶もないのです。話をするひまがないから話はしなかったし、私から呼びかけるということは絶対なかった。(生きること
・30) 僕は死に直面しても娘などに来てもらいたくない人間にならなければならない。娘がどこかに存在している、というだけが僕のよろこびであり、慰めであるような人間にならなければならぬ。娘のよいお友達になる?考えただけでもぞっとする。(1・388) いま、ふり返って考えてみると、私の中にあるすべてのものは、すでにその昔にみな私の中にあったようである。ただそこには、父が死んだあと、私を見る眼が欠如していたように思われる。だからそれは時の流れとなり、なつかしさになるのであろう。父がずっといきていたら、それは懐かしさ、というようなものではありえなかったような気がするし、また父の死を私が生れる時まで押しやって、幼少年時代全体になつかしさを流れさせているような気もするのである。そしてそれは相当に強い私の生きる姿勢であったように思われる。ある意味で、成人してからの私の生活というのは、この消え失せた父の目が少しずつ再現し始め、生きるということが単なる流れではなくなる過程であったように思われるのである。つまり父の死は、私における経験の自覚を少なくとも十五年遅らせたのである。私において経験の起源を問題にするならば、それはフランスへ渡ったことではなく、父の死をめぐる私の姿勢の中に求められなければならない、と思うのである。(3・83:ちくま学芸文庫3・092) 付・私にとってもっとも心残りなのは、彼が、自分は父を憎む、父に対しては、そうした感情しか抱いていなかったと、前方を見つめながらふたたび、みたび繰り返し語ったことである。(杉本春生「森有正」249)
秩序
こういう隠れた秩序が人と人とを結び付けているから、あるいは、そのあるべき関係の中においているから、人間は最後まで自己の道を歩み抜くことができるのだ。(1・389)
抽象
抽象が力であるということを自分について実証しなければならぬ。(2・89)
直観
直観とは、まさに主観が客観に内部において転換する働きである。直観に到るまでは、統一を欠いた断片的な経験の様々な感覚でしかない。(13・73) 直観は少しおくれて経験と定義の中間に来る。(13・74)
罪
自分の魂の底にある不安が何であるかということを考えてみますと、どうしても罪という問題に帰ってくるのです。(いかに生きるか・講談社新書・181) 人に罪を犯しているかいないか、経験の一番最後に到達するところは、それだけなのです。(いかに・192)
定義
内面に凝集してくるものが、未来に向って延び出す様態だけが問題の核心を形成する。これはもう経験の問題ではない。定義そのものの形成の問題であり、おのずから次元を異にする。(1・431) 抽象用語を使用して概念を厳密に定義し、定義相互の間の関連を明確にしなければならない。そこに自分の本当の体系が構成されるであろう。(2・88) 一つの概念の定義。それは論理学や哲学の問題であるより先に、経験の先端が触れる人生の事実だ。(2・139) その普遍的な、共同的なことばの世界と、純粋に主観的な経験の世界、それを結びつけるもの、それが私にとっての「定義」なのです。それ以外に意味はない。ですからいいかえれば、純粋の個が普遍と交差する点が、私のいう「定義」であるわけです。(生きること・
78)
抵抗
自分の中に、想いの流露に対する巨大な抵抗が生れてきて、何かが、外界でない何かが、自分の外にあって、この抵抗作用は、それに向って、又それによって不可避に方向づけられている。人は抵抗作用を素材の中にのみ見ようとするが、魂の方向づけがあるからこそ抵抗が生れるのである。(4・184)
転調点
転調点、たしかにそうだ、これが正しい表現だ、転調点。それは移行であり、自己同一であり、変貌であり、転調である。これこそ、瞬間のもつ意義である。点のもつ意義だ。原点、特権的瞬間である。この無限小の空無にも等しい拡がりの中に突然、旋律の開始が響く。(2・417)
天皇制
日本は、古代氏姓制度から最近の天皇絶対制に到るまで、その根本においては、古代の制度の内部的合理化にすぎず、その内閉性を超越する組織転換が甚だ不十分にしか、あるいは全く形式的にしか行われなかった。それは、歴史的発展の全体を通じて何か根本的な問題がそこにあることを察知させずにはおかない。千数百年の間いわゆる変化を通じて持続された天皇制はその標徴である。それは「経験」の質の問題であり、それ以外ではありえないと思う。(経験と思想・99)
時
この堆積が限りなく醗酵を重ね、その内側から、時の流れに抵抗する重みが生じてくる時、それは結晶して、時を超える形を獲ようとする。ここに流れと動きとを超える、動かない、静かなフォルムへの、嘆きにみちた憧憬がすべての芸術の根底となる意味をもってくる。(1・303) こうして、逆流しつつ前進する僕の中の「時」の成熟は、僕をここまで連れて来た。もうどこにも外に行く先がない、という「ここ」の暗示へ。外の行く先、という言葉がそのすべての意味を喪う「ここ」へ。僕は自分の中の時間と空間とが静かに融合するのを予感する。その先は?無、あるいは宗教しかない。それはもう生とはちがった次元に属する。(集成4・244
偶感)
咎
この「咎」の意識は、何ものにも攪乱されずに静かに延び拡がっていった。この「咎」こそは、パスカルが星辰を前にして感じたあの人間のミゼールなのだ、僕ふとそう思った。人間がその真の量に還元しきる時、そこに露れてくる人間の質なのだ。(2・133)
富
物質的なものにせよ、あるいは別の形のものにせよ、富は精神を眠り込ませる。それが偉大な真理なのだということを僕は今、痛感する。この裸形そのものの内を歩んで行かなければならぬ。道元の言葉が示す真理はますます明らかになってくる。この二つが両立しないことは、イエスもまた説いたのではなかったか。そこで僕は、一介の労働者として、仕事に身を投じる。アランだったら、捨て身でとでも言ったかもしれない。そして、それ以外のことは何も考えない。望みというものを絶ったこの生活において、過去の先達たちの言葉に含まれている真理が明らかに露われてくる。(13・455)
な行
内面
この内面というのは、精神的とか人間的とかいうものではないようだ。自然そのものだ。鉱物、植物、昆虫、それらのものの方が余程内面に、その活動状態に近い。〜内面にはそれらが全部、むしろ全自然が在るのだ。〜その中に生れ育った言葉が内面の出来事に対して何か致命的なものをもっているような気がする。〜内面に凝集してくるものが、未来に向って延び出す様態だけが問題の核心を形成する。〜いくら経験の中をさぐっても、そこには神も内面も永遠も見つかりはしない。それらが無いということさえ判りはしない。〜経験は内面に参与するものである。内面そのものではない。(1・430〜432)
二項関係
日本人と自然、神話、言語、宗教と検討して来ると、上下関係を枢軸とする二項方式的私的結合がその中心になっていることを認めざるをえなかった。日本人の共同体はこういう方式が無限に錯雑したかたちで重なり合っている集合体で、人間関係が個人の自覚まで分析的に下っていくことは出来ないし、また逆に無数の他人を含む、全体という表象がぼんやりしてくることが避けられない。(5・184) 二項関係は人間にとって一番楽な方式である。それは人の身になって考える、また考えてもらえるという願ってもない事が、そこでは現実になるからである。他人に対して(それこそが現実であり、それ以外は人生と世界との意味はない)は極度に無関心になるか、あるいは二項方式の中に引入れようとする。(5・185)
この二項方式は二つの特徴をもっている。一はその関係の親密性、相互嵌入性であり、ニはその関係の方向の垂直性である。(集成・5・164) そういうわけであるから、二項関係の直接性は、本当の直接的接触、すなわち独立の個人の間の接触ではなく、すでにある限定を受けた同士が、その限定の枠の中で、その限定そのものを内容として起る直接性なのであり、その性質上直接的である以外は不可能なのである。(集成・5・165)
二重の視野
僕には自分の向う側にあるものがなんとたくさんのこっていることだろう。そこが純粋の空間になり、それに直面するまで、まだなんという距離があることだろう。しかしそれでも、そこが静かになりはじめたのは事実である。自分のこちら側にはむろんたくさんのものがある。そしてこの向う側とこちら側とは、現実には一つに重なり合っている。だから同じものについて二重の視野が規定されて来る。これは言葉の綾でもなければ空想でもない。経験そのものがそういう二重の視野へわれわれを導いて行くのだ。人間存在のエキリーブルもこの二重の視野の中に設定されなければならないのだろう。しかもそれは我々の意識的努力を遥かに超えている。こちら側の内部でエキリーブルを人工的に作り出してみてどうなるのだろう。それは吹けばとぶようなものではあるまいか。(集成・2・272)
日本語
思想のようなものが終るところから書き始めなければならぬ。それは思想の浮動性にきまりをつけ、自己の外にものを構成することだ。それ以外に思想はない。そこには想と区別された文の感覚性が確然と現われる。言葉を頭で考えて理解するものだと思うから間違えるのである。それは本質的に感覚に訴えるものである。日本語の助詞はだから、本当の言葉にとって致命的なものである。助詞には感覚性がなくて、主観性ばかりがあるからだ。したがって、日本語は空想を写すにはもっとも適している。その意味でどこまでも精密になるが、それは文そのものの精密さということと本質的に異なる。それは母胎の粘液にまみれ、まだ臍の緒を付けたままの初生児のようなものである。(文庫2・094)
認識
内的体験はいつも認識の限界状況と深く絡み合って現われる。(2・6) 千変万化の大洋の真中で、それらに目を閉じて一本の針に眺め入ることはある意味で反自然的である。しかしそれをしなければ船は難破するであろう。それをなさしめる力は本当の精神の認識である。この意味で、人間において認識は反自然的である。(2・82) ここで僕は一つの認識に達した。認識を拒否するものの一つの認識に。それは触知だ。あるいは端的に「接触」だ。そこから新しい認識の系列が生々と生まれて来る。(4・225)
人称
僕は心から三人称になりたいと思う。それはつまり一人称になるということである。二人称になる機会をできるだけ減らすこと、それが僕の人生訓となろう。(集成5・350)
は行
母
母を考えると頭が狂いそうになつかしさでいっぱいになる。母を考えると、僕の悲しみの根源が深く母から流れ出しているのが判る。(1・103) オルガンを奏いている時、母親の存在を家の奥に感ずることがある。僕に生を授けてくれた者の影が、僕が生を終えるものの方に身をのりだし始めるとき、近づいてくるのである。これが単なる幻想であることはありえない。(14・475)
バッハ
目がさめるなり、バッハのハ長調の「フーガ」を奏いた。驚くほど大胆な和声である。<人間>だけがこのようなことをなしうる。その能力がある。バッハの作品を演奏するのにどれほどの勇気がいるか、それが今になってわかった。何となれば、彼の作曲したものは、そのどの部分をとってもそれぞれ大胆な行為であり、それが連続して作品をなしているからである。(14・411)
反抗
ただ、所謂思想やイデオロギーや教えられた通念からは、断乎として出発しまい、という決意だけは明らかであった。それは一種の反抗であった。そういうものがどうしても侵入出来ない自分の感覚の芯から出る促しに忠実に生きたかった。(4・247)
美
人はすでに生れてきている。ただ「人間」の誕生は終っていない。あるいは死が本当の誕生の刻印なのかも知れない。美ということは一つの誕生の証しとしてそういうことと深く関連しているのかも知れない。肉体の誕生が人間の誕生なのではない、ということを告知することによって。(4・181)
表現
以上述べた裂け目、割れ目、あるいは流れ、網の目などという比喩的表現を純粋の言葉で、純粋の概念で表現しなければならない。言いかえると、抽象的用語を使用して概念を厳密に定義し、定義相互の間の関連を明確にしなければならない。そこに自分の本当の体系が構成されるであろう。そこでは比喩的表現は一切許されてはならない。(2・359)
ヴァレリー
そして、凡てを自分個人の観点から位置づけること。なぜなら、それこそが現実との接点なのだから。それは、ヴァレリーの球体の中心でもある。唯、僕はこの中心自体の質をたえず検証しなければならない。凡てがそれにかかっているのである。(集成3・350)
不可知論的心性
フランス精神の本質的契機をなす不可知論的心性と意思決定の能力。この不可知論は、自己に対する根本的懐疑とすれすれのものであり、自分は間違っているかも知れない、ということを決して忘れない心性である。(4・62)
「テレーズ・デケイルー」を愛読していると彼女が言ったのに対して、私が、モーリアックの根本の心性は彼のカトリックの信仰にも拘らず、或いはむしろそれの故に「不可知論者」なのではないか、と言った時、彼女は深く同感の意を表した。(4・64) 私が不可知論という時、哲学上の学説として言っているのでは断じてない。人間の決して忘れてはならない、人間経験の根本条件についての慎しみ深い「嗜み」として言っているのだ。それは「良識」というものの深い意味でもある。(4・65)
フォルム
それはフォルムはすべての時間と空間とが、言いかえれば生が精神の光の下に収斂して行く極限に外ならないからです。そこから私は、フォルムはしかじかの物体の形ではなく精神の規律であること、故にそれは時空をこえた形而上の世界に関するものであることを理解します。しかもそれは時空の生の限りをつくしてのみ行きつく先である点において、あらゆる証明、あらゆる論証を拒否するのです。わたしはこの静かな確かさ、あるいは確実な静けさ、を愛します。(集成4・216) フォルムはすべての時間と空間とが、いいかえれば生が精神の光の下に収斂して行く極限にほかならない。フォルムはしかじかの物体の形ではなく精神の規律である。故にそれは時空を超えた形而上の世界に関するものである。(4・198)
弁証法
意志こそは人の内面化出来る唯一の物である。神憑りの乗り移りなどということなしに行われる意志の結合、そこでは根底からの他者性と、深い内在性が同一物をなす。そこにこそ、生の示す最も深い弁証法を汲み取らなければならない。(集成3・412)
変貌
ついに私は、一切が一点に集中するあの点、そこを通って混沌が音楽になるあの点に到達した。移行の行われる点、変貌が遂げられる点・・・。変貌(MUTATION)。それは私自身の変貌というよりは、私を通過する世界の変貌だ。そして私は、あの混沌とした潮の中に解体し、単なる通過点である「私」を通して真の私に変貌する。(2・417)
本質
それは哲学的には、存在から本質に進もうとすることで、かれは、逆の道もあると思うと言った。「その中間のどこかに、両方向の交点がある」と僕が言った。友人「いや中間ではない、そういう言い方は・・・」僕「交点は到る所にある、それが現実だ」、友人「たしかにそうだ」。しかし僕はこの両者の交点は、どうしても完全に合致しないこと、本質は存在しないこと、などを言った。少なくとも存在するという証拠はない、と友人は言った。〜現実の「我」は〔自分〕の存在と〔自分〕の本質との間の微細な空隙を埋めるべきものとしてのみ、意味をもつものだということが判って来た。〜それは、存在として在る自己が、本質として在る自己に達しようしつつ、不断にその中間に、狭く、しかも暗く、口をあいている深淵のような自己に、自己を注ぎこむ不断の運動である。(1・368,369) 本当は、実にわずかな捉えがたい本質的な事が、この人生には存続する。それを見きわめる必要がある。この名づけようもない、不透明な何物か、ここに一切は帰着する。各々が、自己の奥深く、それを所有しているのだ。何れにしても、一切はこの見がたいもの、聴き分けがたいもの、の中にある。どのような身動きの前にも、私はそれを感じている。かつ、本当に行動するには、それだけで十分なのである。(2・321) この何ものかは、まさしく「人間的本質」ないし「人間性」とおおまかに称ばれているものだ。各人が自己の根底に持つオリジナルな本源的な知覚である。それは、まさに限定する何ものかであって、あれやこれやで限定されるものではない。それは「すでに識られている」何ものかなのである。それだからこそ、それの探求の為に、考究の為に、また検討の為に、人は出発するのだ。そうでなければどうして何ものかを見出だすことができようか。(2・322) 本質が実存を正当化するのか。実存は本質の一形態に過ぎないのか。本質と実存とを、意志の次元において相対的にとらえることが出来るだろうか。(13・171)
本質圏
私の中に、原初感動に隈どられた風景と人間とがあり、それが私の経験の中核を構成しているように思われる。それを私は経験の本質圏と呼んである。それは意識の誕生とも結びついた不思議な圏である。この圏の外にある何ものにも私は何の関心もないのである。
(2・443) 私にとっての「本質圏」は、思いがけない時に、ものとの邂逅によって露呈してくる。またこの「本質圏」は、私自身意識しないのに、ある仕方で内側から私を規定し、私にある邂逅を求めて放浪させるもののようである。ただ私はこの問題を、精神分析がやるように心理的に、あるいは生理的に扱いたくないのである。なぜかというと、この「本質圏」こそ人間の原初的接触を含むものであり、それが人間の意識に心理的な
「傷」をのこすのは当然だとしても、原初的接触は、人間にとってアクチュアルなものであり、心理的傷痕を気にする余り、この原初的接触を去勢、もしくは鈍磨することは、
「本質圏」の現実性を無効にする恐れがあると思う。もちろん危険は絶対的なものではない。「本質圏」は現実的なものである以上、心理的処理によって無効化されるには、あまりに深いものだからである。プロセスとしては、精神分析も創造も、同じようなものなのかも知れない。しかし、そのプロセスを通してどこに行こうとするかが問題となる限り、そしてそれがプロセスそのものの定位される精神生活内の高さに関係する限り、プロセスの問題はどうでもよい問題ではなくなるのである。(2・444)
本物
作品における本物とにせものの意味。その一つは、その人の存在から自然の呼吸のようにその存在にぴったり即して出てくるものが本物である。そこには重さがある、生命がある、動かせないものがある。しかも本物、存在に根ざすことは、存在の形成期にのみ行われる。その意味で、幼少年時代に立ちかえることは本質的に重要である。そこには意識的努力ではどうにもならないことがある。(13・79)
ま行
見る
ところが今、これらの家々を、木々を、止まっている車を、見ているのだ・・・。それらは確かにそこにある。そして「接触」が急に回復したのである。その事実に気がついた時、僕は、狂気が自分から立ち去ったことが判った。そして、すっかり驚いて、自分自身を見た。あたかも、こんな風に自分を見たことは、未だ嘗てなかったかのように。(集成3・324)
見える
心理なぞが見えてくるのではない。もっと根本にある姿あるいは形が見えてくるのである。その確実なことは、まるで手で触れるようである。気のせいか、とも思うが、その感じは余りにも安定している。それは、その見えてくるきかたが、その見えてくるもののもっとも深い恒常的な姿はこれなのだということを明らかにしてくるような風に、そういう風に見えてくるそういう見えてきかた、なのである。それは何も過去のものに限らない。目の前に見えているものも見えてくるのである。(2・257 集成2・276)
無関心
真実の、本物の無関心が存在しうること、いかなるごまかしとも関係なくそれは存在し生きていること、そのことを、今、僕は知っている。(14・386:1971・12・18)
向う側
こういう、自然そのものと直接向かい合っている人、その人の向う側には何もないひと、その何もない向う、あるいは自然の空間は何を意味していたのだろうと思う。〜ここには、芸術家の主観的内面形象は何であれ、現代という時点に達した人間が向う側の世界と接する一つの現実態が露われているように思われてならない。(集成2・271 砂漠に向かって) 彼らは向うを向いている。そして時々こちらへふり返る。(集成2・269) 本当に、何にも遮られないで、地平線を遥かに望み、その向こう側からゆっくり現れてくる未知のものを凝視することができるようになるには、長いこと歩かなければならない。言いかえれば、荒野か砂漠の中まで進み入らなければならない。自分の意識の中がそういう状態になるまで進み続けることは容易な業ではない。もうすでにそこにあり、すでに親しくなっているものを始末しなければならない。始末するには、一つ一つしなければならない。近道はない。一つ一つ念入りにしなければならない。(集成2・305)
空しさ
僕は空しさというもの一つの重みだということを知った。自分は錬金術師になることができるだろうか。(1・269)
明晰
明晰さとは、明るさの限界を知り、いさぎよく闇を引き受け、前進しようとすることを一切放棄することにある。そうとすれば、悲劇的でも劇的でもない普通の道を辿って行くだけである。(3・405)
目覚め
私は、眠りから醒めた瞬間はどういうわけかいつも大変さびしい。自分が孤独であるような気持がするのである。〜こんな時ほど、世界観とか思想とか信念とかいうものが無意味に思われる時はない。(7・314
真夏の昼の夢)
もの
ものがものであって、しかもものであるままで感覚を超えている、というこの事実、ものであろうとすると感覚を超えざるをえない、というこの事実が、デカルトとカントを生み出した。(1・384)
それに向って自分に注意を集中し、それを自分なりにオーガナイズしようとしている、その当体をものというのです。〜経験というのは、ものをつくる過程がなかったらありえない。(生きること・201)
もののあはれ
近世になった本居宣長が平安朝文学の中から取り出し、人間の姿の根本に置いた「もののあはれ」などということも、ただありのままの人間の率直な感情という把まえどころのないものではなく、中国文化の到来以来,千年近くをかけて巨大な抵抗の上に辛うじて刻み出されたもの、あるいはかたちの中に労苦して具現された日本人の証しなのである。(4・186)
や行
勇気
一人の人が自ら道を求めつつ進んでいくとき、僕はそれを<勇気>と呼ぶ。そのことを僕はバッハのある曲を奏いていてさとった。勇気があるとは機械とは違う行動をとることである。無限小に分かれた各部分が、無限の注意と探求とからなっている、そういう行動をすることである。換言するなら、いかなる機械もなすことのできないように、<人間的に>行動することである。なぜなら、そこからこそ、人間のかたちが表われてくるのだから。(14・412)
夢
僕のいう弱者とは夢が生活を食いつくした人のことをいうのだ。〜自分にもっとも直接し(ママ)、自分の存在の根底と一つになった夢。(1・102) 僕にとって、他者との本当の接触は、夢の中にしかないのだろうか。なぜ夢の中のものが本当で、現実のそれは虚偽なのだろうか。それはそれに伴う感覚の切実さの違いから来ている。このさし迫ったかなしみと安らかさ、これが本当だ、と僕が感じるだけである。(1・263 集成1・286)
この過程の全体を通じて夢は維持されなければならない。しかしこれはもう外からの夢ではなく、内から自ら湧き出し、維持される夢である。そしてこの夢は経験が進むにつれて限りなくものと自己との純粋型に近づく。言いかえれば経験のはじまる前の夢に近づく。経験から湧き出す夢が経験以前の夢と同一化してくる過程、これはかの偉大なカントの先験哲学の秘密の一端を暗示してはいないだろうか。この過程の中には、経験を超えるものが、経験の中に限りなく現象しながら不断に維持されている。意志ということの意味はこれ以外のどこにあるであろうか。(1・425) 心理学的に分析できる夢そのものなどはどうでもよいので、その中にある直接に生々しく心を刺すものだけを問題としてとり出したいのだ。デカルトはその哲学的思索において、夢と現実との区別を撤廃したではないか。それは情感と抵抗との関係に無関係ではない。情感がどこまで深く掘り下げられるものか僕は知らない。抵抗は同時に存在の問題である。(4・180) それは、手で触り、手を加えることの出来る過去、過去として(即ち絶えず深まっていくわれわれの夢との連関において)変形することの出来る過去にほかならないのだ。〜この過去に戻る動きは限りなく深まるのであり、しかもそれはわれわれの夢の純化との連関のおいて進行するのだ。(14・572)
ら行
理性
感覚や感情のように真正直ではどうにもならないものが在り、このどうにもならないものを自己のものと化しようとする時に、人間の中には、直接性をこえて、不可見の、不可感の世界の中に、その法則を求める働きが起ってくる。その働きを理性と名づけるのである。これは決して高尚なことではない。けれども高尚なことは、これを通らずには絶対に起らないのである。そしてこれを経過する時に、本当の強さ、本当の実体性は、ものそのものではなく、ものの法則、すなわち感覚を超えるところに在る、すなわち精神に在る、ということが明らかになる。(1・383)
老年
一方、勇気とは未知にかかわるものではあるが、いわば拡りは既に知れており、ただその深度と強度の点で未知なのである。後者つまり勇気の場合、既知あるいはその外延において既知になった未知の枠内において、強度の点で未知が存在する。この意味で、老年は勇気を要するのである。青少年はむしろ大胆の方に向いているのだから、老年は青少年のまだ知らないような大変な勇気を必要とするのである。僕にとって老年は静謐などではなく、年を重ねるにつれてますます激しく吹きつのって罷まない嵐に対抗することなのである。不安に胸をしめつけられながら絶えず風向きを窺い、苦労を重ねてゆっくりと右に左に進んでいく船のように、あるいは、危険な場所にさしかかって速度をおとす自動車のように、その中を進んで行く。何となれば、老年においては(そしてそれが老年独自の性格なのであるが)進むにつれて既知が未知に吸い込まれていくからである。このように厳密に規定された意味において、老年とは、幼な児が全く無力のままに自然の脅威に晒されている、あの幼年期に戻ることである。老年固有の叡智というと、諦めの境地に達した静謐というようなことがすぐに言われるが、それは余りにも安易なむしろ人を馬鹿にした考えであって、実際には、途轍もなく脹んだ経験をはちきれんばかりに積み込んで重く水中にのめりこんだ船を、暗礁と荒れ狂い泡をかむ激浪との間をぬって、慎重に、苦労に苦労を重ねて導いていく、苦悩にみちた老船長にこそそれは似ているのである。(集成・5・337)
|